2019.10.26

TEXT 「作る人は自然存在ではない」

映画『燃えよドラゴン』の中でブルース・リーが自らの哲学を述べるシーンがある。有名な『Don’t think !』のシーンではなく、ディレクターズカット版で本編から削除されたシーンでの師との応答の場面である。師から『究極の技とは何か』という問いに対し『型をもたぬこと。優れた闘いとは遊戯のようなもの。しかし真剣に闘うべきもの』、続けて『敵が押せば引き、引いたら押す。好機が訪れても“私”は攻撃しない。流れに従うまでです』と答える。ブルース・リーは中国人ではあるが、アメリカ生まれでワシントン大学の哲学科を卒業している。専攻など詳細は知りえていないが、おそらく西洋の思想・哲学を習得する一方で彼は自らの思想を武道、少林寺を通して確立させたと推測される。学問が彼の思想に影響を与えたというよりは、武道家でありながら大学の哲学科へ向かわせた彼の志向そのものが、彼独自の思想を生み出すに至る強い意志を示している。この映画でのシーンによる彼の思想には、力があるものがその力(時にその力が凶器にさえなる)を誇示するのではなく、いかに制御するかということが含まれているように思われる。私たちの身の廻りでは、それとは反対に力を見せつけ、それを強引に押し付ける情景がいたるところで見受けられる。その力に説得力、理屈があってもなくても、あるいはそこに政治性があってもなくても、あるいは「そこには全く何の力もない力」といったもの、そういう「力」を様々な場面で振るう、あるいはそれを受けるということを多くの人が経験する。そしてその状態は普通化、日常化され、「力」の行使に慣れてしまっている。生活においても、仕事においてもそういえる。とりわけ仕事においては、利益、あるいはそれなりの企業にとっては貢献といったものを生み出すこと、成果が日常的に求められる。つまり何かを「作る」、「新しい発想をする」などといったことが求められる。

19~20世紀の思想家、田辺元は「力」について著書で書いている。

『他を作り変えるとか他を新しくするということは、かえって相手方を生かして、相手方を通じて、相手方自らが自らを新たにするように仕向けるということでなければならない』(岩波文庫『田辺元哲学選Ⅲ』より)。

田辺は「作る」という行為の中に「他者」という媒介をもちだす。他者を生かし、他者が自らを新たにするよう仕向ける。これは「私」自身が一人で力を行使するのではなく、他者との関係で、「彼」に力を託し、「彼」が力を発揮するということにつながる。そしてさらに「彼」は別の「彼」に力を託す。そのように「力」は広がり、「私」の容量をはるかに超えた「新」を生み出す「力」につながる。田辺の思想を穿ち、自分はそのように解釈したい。さらに続けて以下のように同書の中で書いている。

『力ずくで無理やり、へし折り押し曲げて自分の思うように作るということは真に具体的な意味において作り変えるとか創造するということではない。作る人というものは、もはや単なる自然存在ではない筈です。自然はどこまでも内在的な原理によって生成変化している。しかし作るものはそういう自然に対立して自然を支配することができる原理をもつものでなければならない。自然を支配することのできるような自己でなければならない。しかし自然を支配するといっても、それはわれわれが勝手に自然を支配するのではない。自然を支配するものはまず自然に従わなければならない。自己を自然に与える、自然に委ねることによって自己を媒介にして自然が新しく変わってくるということがすなわち私が自然を作り変えるということなのです』。(中略あり)

「作る人」という言葉を用いて、その彼は「自然存在ではない」とされ、そして彼は「自然を支配することができる自己」であり、「自然に委ねる」ことが大事であるとする。つまり先述した「他者」とはここでは「自然」に置換されている。「私」が力を発揮し「他者」である「自然」を生かし、「自然」が自らを新たにする。そしてそこには「力の関係」があるとする。

『力は不思議なもの。力というものは反対が、抵抗がなければ現れない。そこに不思議なことがある。力というものはいわゆる力ずくで、強い方が弱い方を滅却してしまおうとする、それが力の本性。しかし反対の力、抵抗を潰してしまったときには、同時に自分も無くならなければならない。だから力が働いているということは、力が自分自身抵抗を受容れているということがなければならない。抵抗を潰してしまって、反対を押切ってしまったら同時に自分の働きも止むのです。だから力学的な力の存在として自分があるということは、いつでも抵抗、すなわち自分に反対するものを認めてかかり、それを許しておくということがなければならない』。

田辺は「力」とは不思議なものであると前置きし、反対や抵抗があって力が出現し、つまりそれがなければ「自分」もなくなる。すなわち「自分」は反対や抵抗を受け入れなければ「自分」(の働き)もない。そして反対や抵抗を認めるということが大事なことだと説いている。

ブルース・リーに戻ると、彼の哲学、あるいは武道には、一般のスポーツにはない特殊な関係がある。一対一において、自己と他者は単に闘う関係ということだけではなく、まして単なる勝ち負けということが力の証明ということでもない。他者がいてはじめて自己があり、他者がいなければ、すなわち自己にとって反対の者がいなければ関係(試合)は成り立たない。だから試合が終わっても互いに礼をし、相手を敬う。例えば日本の相撲がわかりやすいが、勝敗は白星、黒星で表わされる。これは勝ちが白で負けが黒であることは間違いないが、むしろ白と黒は一体であり、「陰陽」に置き換えて考えられる。あるいは光と影ともいえる。光がなければ影もない。誰かにスポットライトがあたるということは、そこに影ができる。しかしそれは悪い意味の影ではなく、結局はその人を支える影の存在が浮き彫りにされるということにつながる。ブルース・リーは『敵が押せば引き、引いたら押す。・・・流れに従うまでです』という。この思想の根底には究極的には「他者」、「自然」に力を発揮させるという関係性を孕んでいるように思われる。

田辺の言葉を続けると、『自分を否定して、そうして自分に反対する相手方を許しておくということがある限りにおいて、同時に自分が力であることができる。人を制するとか、物を圧迫するとかいうような力というものは、単にそれだけでは本当の力ではない。真の力は何かといえば、自己を制する自制の力が本当の力である』(中略あり)。

武道に限らず、『自己を制する力が本当の力である』という田辺の言葉を、いつでも胸に留めておきたいものであるが、なかなかそうならないのが現実なのだが。

2019.10.6

TEXT 「第三項排除から運動としての貨幣」

『自然とは運動変化あるいは変化一般の始原である』と、アリストテレスが『自然学(第3章第1章)』の冒頭で書いている。この章の眼目は運動変化が2つの在り方で規定されるということ、すなわち「そのものの在り方を発現しきった状態であること」、そしてもう一つはそれとは対称的に「別の在り方への可能性をいまだ発現しえていない状態であること」ということを論述している点である。そして前者を「終極実現態」、後者を「可能態」と名づけている。一方別のアリストテレスのテキストでは「蓄財術」について、財の使用には二通りの仕方があるとしている。つまりそれ自体として使うその仕方が同じではないというのである。それを「固有」と「固有でない」と二つに区別している。具体的な例として「靴」を取り上げ、靴を使用するにしても、『靴を必要とする者に貨幣や食料と引き換えに靴を与える者でも、靴を靴として使用しているからである』(『』内岩波書店刊『アリストテレス全集17』より)としている。靴の製作は貨幣や食料との交換のためではなく、靴を履くために制作しているはずである。そして『蓄財術に属する売買術が自然にもとづくものではないことは明らかである』としている。

この「運動変化」と「蓄財術」に関するテキストの関連を,倫理学や哲学史が専門の学者、熊野純彦氏が『マルクス 資本論の哲学』(岩波新書)という本のなかで取り上げていて、経済学の立場ではなく哲学の視点でマルクスを捉えている。マルクスに関しては、個人的には若い時に第一巻(岩波文庫3巻分)を読んで、どうもよくわからなかったという印象だが、今その本を開いてみるとアンダーラインとそれらの文節を結びつける記号やメモ書きなどがあって、理解しようとした痕跡がある。つまり読んだ当時は丹念に読み込めば理解はできていたということはわかった。しかし一方でマルクスがこの本を書いてもう150年以上経ていてもなお読まれていて、あるいは例えばマルクス・レーニン主義という言葉から政治、とりわけ革命との関係からもいまだに様々なテキストで引用されているのは何故だろうとも思ったのも事実だ。『資本論』は副題が経済学批判ということからも、実践としてのテキスト(ロシア革命におけるマルクス・レーニン主義)であるとともに思想書としても取り扱われる。なぜ今でも『資本論』なのか、という漠然とした思いでいたなかで、この本に出会った。

今の時代、広い意味での貨幣の変化は急で大きい。電子マネーはいうまでもないが、仮想通貨まで存在する。仮想通貨の発想は昔からあったようだが、その問題も多いのも報道を見て誰もが知っている。またマイナーでは地域通貨のようなものもあり、そのどれも信用を失えば何の意味もないものに転落する。経済学者の岩井克人氏が『貨幣論』(ちくま学芸文庫)のなかで、『壱万円という数字が印刷されている一枚の紙幣をながめてみよう。それは、もちろん日本中どこでも一万円の価値をもつ貨幣である。だが、今度はその一万円を貨幣としてではなくたんなるモノとしてながめてみよう。そうすると、それはその立派な印刷にもかかわらず、それ自体としてはなんの価値ももたない一枚のみすぼらしい紙切れとして立ちあらわれてくるはずである』と書いているように、貨幣はその価値を失えばたちまち全く何の価値をもたないものに転落する。観賞用にでもなくトイレットペーパーにも使えない。(ちなみに本書でもマルクスの資本論が下敷きとなって論が展開されている)。

一方、故今村仁司氏の著作からキーワードとして「第三項排除」という思想があげられる。貨幣とモノとの交換の際に、第三項におけるスケープゴートの存在として貨幣を捉える考え方。また最初に戻って、アリストテレスの自然学と政治学から発展して、貨幣を「運動」として捉える考え方。この二つはマルクス、あるいは資本論を経済学ではなく思想・哲学として捉える考え方であろう。「運動」として例を挙げた「靴」を「貨幣」に転化させて考えると、靴は靴の機能をもったものとしてつくられるのに対し、貨幣は貨幣のためにあるのではなく、出来上がった靴がその人に機能的に満足された場合に交換可能な媒体、つまりスケープゴートとしてはじめてその機能を発揮するという点で「運動」においては「可能態」が「終極実現態」へ移行する、つまり運動の中にあるということがいえる。自然における運動はこの貨幣のみでなく、様々な状態で起こりえる現実がある。つまりそこにあるものが、そこにあるだけでは機能を発揮せず、何らかの状態にはまったときにのみ「発現」する。アリストテレスの『自然学』のなかでは、建物の建材についてもわかりやすく例をあげている。建材は建物の一部となって初めてその価値を発揮した状態になる。しかし建材はスケープゴートとして製作されたものではなく、その意味で貨幣は極めて自然の状態ではない状態が自然の状態であるし、その運動状態が極めて激しいモノであることが貨幣の特殊性を際立たせているといえる。

2019.9.23

TEXT 「長いモラトリアム期のアフェイジア」

タルコフスキーの映画で『鏡』か『ストーカー』のどちらだったか覚えていないが、冒頭でいわゆる吃音の青年が「治療」を受けるシーンがある。吃音は文学においては、三島由紀夫の『金閣寺』の主人公の特徴の一つとしても有名であるが、現実に自分の身の廻りでも存在した。その程度も軽いものから重度のものまであるが、いずれも言葉を発する際の何らかの障害となっている状態であるように受け止められる。しかし言葉を発する際に、なかなか適切な言葉が浮かばずに口ごもってしまうことは誰にでもある。それは特に子供の頃はなおさらであり、同年代同士よりは大人との関係で、いわば言い返せない状態となってやむなく言うことを聴かざるを得ない状態に陥り、そうして内部で不満が堆積していくようになる。それはその結果として吃音の状態を招くよりはむしろ長く失語的な状態に陥ることもあるといっていいのではないか。障害としての失語症(アフェイジア)というよりは一定期間の長い失語状態を招くとでもいうか、私は内面的にこの状態との闘いを受け入れてきたように思う。その闘いとは言葉を発する際に、適切な言葉を探し、選び、組み立てるという行為、思考のことである。

ロシアの言語学者ロマン・ヤコブソンは著書のなかで、「ことばにおいては、一定の言語的実体が選択されるとともに、それらがより複雑な言語単位へと結合されている。語彙レベルでは、これは一目瞭然である。話し手は語を選択し、それらを、自分が使う言語の統語体系に従って結合し文にする」と書いている。この文のみではいかにも当たり前のことを言っているようにみえる。彼によると「言語記号はどんなものもこの二つの配列の様式をもつ」とし、結合については、「どんな記号単位も同時により単純な単位にとってのコンテクストとなっている、および・またはより複雑な言語単位のなかで自身のコンテクストを見出す。そのため実際に言語単位を群にまとめると、つねにそれらの単位はより上位の単位になっていく。結合とコンテクスト化は、同じ操作の二面にほかならない」とし、選択については「交替要素のあいだの選択は、ある交替要素を、ある点では等価であり他の点では異なる別の交代要素の代わりに用いることができることを前提にしている。実際、選択と代置は、同一の操作の二面である」としている(文中の引用は平凡社刊『ヤコブソン・セレクション』より)。

諸記号は互いに結びつき、内部にコンテクストを構成する。また記号は等しい物と交換され、異なるものと交換され、さらに結びつきを選択しながら、あらたなコンテクストを構築する。幼いころから無意識のこの行為、思考を試みながら、挫折を繰り返し、頓挫し、また人によっては囚われの身のように自分を縛り、失語症のように内部に破滅的なコンテクストを閉じ込めてしまう。ヤコブソンは「失語症」について、その障害のあらゆる形式は「選択と代置の能力」か、「結合とコンテクスト化の能力」のいずれかの多少なりともの「損傷」としている。「選択と代置の能力」の損傷は「メタ言語的操作の低下」とし、「結合とコンテクスト化の能力」の損傷は「言語単位の階層制を維持する能力の損傷」とし、前者を「類似性関係」、後者を「近接性関係」、それぞれの抑制とし、「隠喩は類似性障害と相いれず、換喩は近接性障害と相いれない」としている。以下にこの「隠喩」と「換喩」について著書から抜粋する。

『言説は、二つの異なった意味的回線にそって展開しうる。すなわち、ひとつのテーマは、類似性を通してか、近接性を通してかのいずれかで、もうひとつのテーマへと移っていく。それらは、前者の場合は隠喩的方法、後者の場合は換喩的方法と名づけるのが、もっとも適当であろう。両者はそれぞれもっとも凝縮された表現を隠喩と換喩に見いだしているからである』。

ヤコブソンは類似性関係と隠喩的方法、近接性類似と換喩的方法を結びつけて、失語症はどちらか、あるいはどちらもが制限される状態であると説いている。つまり「メタ言語的操作の低下」は隠喩的方法において、「言語単位の階層制を維持する能力の損傷」は換喩的方法、それぞれの抑制と言い換えることができる。

会話の中で、ある単語に対して反応する場合、例えば「今日」という単語に対して、「今日は疲れた」、あるいは人によっては「TODAY」というタイトルの曲を連想したり、または「明日」や「昨日」といった「時間」を連想する。そうして発生したそれらが無意識に互いに反応し合って、内部で自分なりのコンテクストを構築する。内部で隠喩と換喩が交錯しながら会話が成立し、発展する。しかし言葉に異常に執着するような時期にその言葉ひとつにとらわれ、隠喩か換喩のどちらか一方にのみ突き進んでしまうということがある。また一つの単語の意味を深く考え込み、あるいは「本当にこの言葉は適切なのだろうか」と考え込んでしまうと、その先の会話がおかしなことになるか、あるいはまったく成立しなくなってしまう。そうして会話をすること自体を障害に感じてしまうということに陥る。しかしそれはある一時期、そういう経験を経て、その呪縛のようなものから脱すると、必ずしもその失語的期間は無駄とはいえず、むしろ有益であったことに気づくことになる。よく口八丁手八丁や軽々しく言葉を使う人を見かけることがあると思うが、表面的にはともかくコンテクストをよく吟味して、自分なりの言葉の置き換えと解釈をすることを通して、新たなコンテクストを発掘する操作ができるようになれば、個人的には会話における失語的状態に陥るような心配は必要ない、と自分に言い聞かせるにはかなりの時間を要した。

2019.7.21

TEXT 「音楽の状態を憧れる」-4

West End girls/ Dig Your Own Hole / Get Ready

ペット・ショップ・ボーイズ(以下PSB)の『West End girls』は85年にデビュー曲としてリリースされた曲である(正確には84年リリースのリミックス再リリース)。当時日本のスズキ自動車のCMで使われていて、私はそれを聴いたことがきっかけに現在に至るまで、ほぼすべての作品を聴き続けて35年になる。これまで多くのアルバムが発表されたが、中でもやはりこの曲が一番好きだ。いわゆるダンス・ミュージック、あるいはディスコ・ミュージックの部類に入る一方で、ポップで親しみやすい独特のメロディラインとニール・テナントのハイトーンでクールなボーカルが最大の魅力で、このスタイルは35年間ほとんど変わっていない。しかしこのデビュー曲は、バブル期が始まる日本での自動車のCMソングで採用されているが、CMソングとしてはかなりシビアな歌詞であることは、曲調からはあまり想像できない。ラップ調で始まるこの曲の歌詞を覚えようと英語の歌詞とその対訳を見ても、その内容に当時は特別な感慨はなかったと思うし、うまくテンポと歌詞を頭の中で合わせることに終始するだけのことだった。しかし80年代の終わりから90年代、そして今世紀に入り、世界状況も劇的に変化していく中で、テロや暴力が横行し、情報が高度化された世界にあってポップスにおいても取り上げられるテーマもそれに沿ったものも増えたように思うこともあることを考えると、この曲も日本の状況とは違う何か漠然とした不安のようなものを歌いあげているように今なら感じることがある。この曲の歌詞は『Sometimes you’re better off dead・・・』で始まるが、以下に対訳を抜粋する。

ときどき死にたくなることがある        君はピストルを片手に持ち

銃口をこめかみに当てる       情緒不安定のあまり気が変になったみたいだ

ウエスト・エンドのレストランで椅子を蹴飛ばし      テーブルをひっくり返す

“警察を呼べ こいつは狂人だぞ“

そこで君は地下へ逃げ込み    ウエスト・エンドの安酒場に身を隠す

(対訳 内田久美子)

英語ということもあって曲を聴くとき歌詞の内容はあまり意識しないが、頭の片隅にはポップなメロディの裏側としてのシビアさはつねに残っている。ある個人の病的な部分にスポットをあてた歌詞で世界的な諸問題を象徴化したものではないけれど、日本人とはまた別の次元で若者が抱く普遍的な不安定さを露呈したものなのかもしれない。PSBの曲は90年代に入り、ますますデジタル・サウンドとアナログのボーカルが融合し、特に96年の『Bilingual』は個人的にデビューのアルバム以外では最もよく聴いたアルバムで、特に1曲目の『Discoteca』から次の『Single-Bilingual』への連続のサウンドは単なるポップ・デュオとは全く異なる非常にコアなものとなっている。その一方『Metamorphosis』のような70年代ディスコを彷彿とさせるようなアレンジの曲や、『Saturday Night Forever』のようないかにもPSBらしい曲もある。しかし基本的にはいわゆるブレイクビーツはほとんど使われていないため、サウンドにボーカルが負けることがなく、またクリス・ロウが手掛けるメロディは覚えやすく明確で、同時に常にテナントのボーカルがより際立つかたちとなっている。

一方90年代に登場したケミカル・ブラザーズは、ブレイクビーツとドラムンベースを基本としたクラブミュージックの、それまで一部の領域に限られていたリスナーをロック/ポップスの大衆リスナーにまで対象を拡大させたといえよう。そのきっかけのアルバムが97年リリースの『Dig Your Own Hole』である。特にシングルでリリースされた『Setting Sun』はノエル・ギャラガーがボーカルで参加していて、このこともメジャーに押し上げた大きな要因となっている。この曲はブレイクビーツというよりは、アナログの生音のドラムを意識させるような、しかもビートルズの『Tomorrow Never Knows』を彷彿とさせるサウンドが前面に出ていて、ギャラガーのボーカルが生きている曲となっている。しかしこの『Setting Sun』までの4曲の連続は強烈なブレイクビーツで、聴く者を圧倒する。クラブミュージックの枠さえ超えてしまっている。基本的にドラム部分のプログラムの細かい編集が基礎となり、それにサンプラーなどで組み立てたものを波形の編集やシーケンサーを駆使している。基本的にギターやピアノといった既存の楽器の音がないため、コンピューターで発生させた音かサンプラーで取得したものを加工した音が続く。しかしその基底には音楽の基本的なリズムがあり、いわゆる4回同じフレーズを繰り返すといった基本的で落ち着いた構造を内包させているため、聴く者に心地良い印象を与えている。しかもサンプリングされたヴォイスも含め全く狂いのない音と拍子が続き、音の迫力以外の余韻的なものが一切入らないという、いわばごまかしのきかないサウンドとなっている一方で単調になりがちなリズムが、逆にその単調が心地よい、既成の楽器音ではない音の繰り返しに陶酔するようなサウンドに仕上がっている。特に『Elektrobank』は彼らの曲の中では最もハードコアなものに仕上がっている。しかしその後のアルバムではもうこのようなハードさは登場しないし、普通のデジタルポップスの状態にとどまっているものばかりに感じることは個人的に残念だ。次のアルバム99年の『Surrender』では、『Out of Control』でニュー・オーダーのバーナード・サムナーがボーカルで参加している。この曲は前作の感じとは異質のハードさが残っている曲で、サムナーの影響が色濃く出ている。私は個人的にはこの曲で久しぶりにサムナーのボーカルを聴いた。90年代にニュー・オーダーのアルバムをよく聴いていたこともあり、その後あまり発表されなかったことから、次のアルバムを待ち望んでいたが、このような形で聴くことが出来たのは以外というより嬉しかった覚えがある。

そのニュー・オーダーの新しいアルバムは、『Get Ready』で2001年にリリースされたが、それまで聴いていたテクノサウンドとはうってかわってギターが前面にでたかたちで、しかもひずんだ低いギター音のベースラインが特徴となった重厚でハードなロック色に仕上がっている。特に1曲目の『Crystal』のキーボードと女性ボーカルの劇的な導入に割って入る強烈なドラムで始まる入り方は、それまでのニュー・オーダーにはないものだったと思うし、何度も繰り返し聴いてきた。その後も同じスタイルのアルバムが出ていて、特に目新しさはないが、変わらないという安心感で4年前にリリースされた『Music Complete』でも決して聴くものを裏切らない出来栄えとなっている。

ロック/ポップスのジャンルは70年代から80年代に入り、シンセサイザー、ドラムの打ち込み、極端なドラムの音が特徴で、全体的に曲調が軽く、当時MTVの登場でヴィジュアルを意識したものも多くあらわれたが、とにかく当時は新しい技術を面白がってパッチワークのように使っている印象だった。90年代になり、それらのいわば遊びが制御され、アナログとデジタルがうまく融合していった時代に感じる。そのころよく聴いた作品として上記のPSBの作品に加え、デヴィッド・ボウイの『Outside』、U2の『POP』などは、上記の「融合」という点では最もうまくいったピークの作品のように思う。しかし一方で融合というよりデジタルを極めたケミカル・ブラザーズの『Dig Your Own Hole』だけは彼らのアルバムのなかでは将来も残り、聴き続けられるものだと思う。上記に取り上げた3つのユニット、ペット・ショップ・ボーイズ、ケミカル・ブラザーズ、ニュー・オーダーは、80年代から90年代に登場したこともあって、自分自身に年齢が近いという同時代の感もあり、しかも時代の流行にうまく乗りながら独自性を発揮してきたユニットで、デジタル・サウンドを使いながらもそれぞれが全くことなる魅力をもち、それを今でも新しいサウンドを発していることを我々が享受できることを嬉しく思う。

2019.7.15

TEXT 「自分を知る」のアポリア

玄関を出て庭を眺め、例えば咲いている百合の花をみてきれいだと思うと同時に、『これは花であり、私ではない』、『なぜこれは私ではなく、花なのか』などと思う人はいないだろう。「きれいに咲いている」と思った瞬間、次の行動に移ってしまい、今みた花のことなどすぐに頭からはなれてしまう。そうして一日は、(そんな単純にはできていないとはいえ、)「そのとき」が次に迫っている事柄に追い出され、時間が過ぎていく。しかし子供の頃を思い返してみると、時間に余裕があったせいか、例えば友達の顔をみて、彼が自分ではなく彼であって、私ではないということを意識し始めるときがある(あった)。それは自分が自分であることを認識し、他人でないことを知る、ということなのか。自分を知る、知ろうとする、他人を認識し、知ろうとすることの始まり、なのだろうか。自己同一、ということの目覚めなのか。いや、そうではないだろう。話はかわって、『自分探し』という言葉を聞いたり目にしたりすることがときどきある。有名人に多いので、メディアで取り上げられることもあるからかもしれない。あるいはその目的のために、お遍路の巡礼や外国の遍歴を経験するなどといった人もいるだろう。はたしてそこで「自分を探すことができた」、「自分を発見した」などと実感した人はいるだろうか。そもそも自分を探すなどという言葉を発したり考えたりすることにためらいはないだろうか。

このように、自分を知る、あるいは探すなどといった言葉に触れたときに思い出すことがある。田中美智太郎の書いた本で『読書と思索』(第三文明社刊)という古い文庫がある。これは私が大学に入学したころ、もう30年以上前に読んだものだ。田中美智太郎というと、今では一昔前の人という印象が強く、ギリシャ哲学者であること、プラトンなどの翻訳者くらいにしか認識されていないように思われるが、ましてや彼の思想そのものに触れる機会は一般には少ないだろう。この文庫には、考えることについてや読書、教養などについてわかりやすく書かれているが、そのひとつに『自己を知る』と題された章がある。「自己を知るとは何か」という問いかけに対する一般的な解釈についてすこし長めに触れている。そしてその後その解釈を否定するが、一般的な解釈として『自己の分限を知る』ということを、エピクテトス(古代ギリシャのストア派の哲学者)の『自分だけでどうにでもなるものと、自分だけではどうにもならないものとの区別』という言葉を補足としながら取り上げている。そしてさらには『自己を知ることは、また自己の非を知ること』ということも挙げている。これらの思考はいつの時代でもよく耳にするし、ものわかりの良い話として耳に心地よく響く人もいるだろう。しかし、それは自己を知るということなのか、と彼は問う。「自分を知る」ということが「自分の限界を知る」ということと同じことだとすると、「自分」と「限界」とが同じ意味であることを意味することになり、さらには「自分」と「自分の限界」が同義であるということにもなってしまうだろう。

テキストではさらに続けて、『自己を何かであると知ることも、何かでないと知ることも、自己自身を知ることではない』とし、『自己自身について、他の何かを知ること』とする。『わたしたちは、自己の非をさとったり、人間としての自覚をもったりする前に、自己自身をただ自己自身として、直接にこれを知ることを考えなければならない』とし、それはいったいどのようなことなのか、さらに問いを投げかけ、以下にテキストを抜粋する。

『知られる自己というのは、それを知る者の自己でなければならない。すなわち知る者と知られるものとが、同じ一つの自己でなければならない。しかしながら、知り知られるためには、知るものと知られるものとが分かれなければならない。するとその場合、知られるのは知られるものだけであって、これを知るものは、ただ知るだけで、知られるのではないから、知るものは、知る自己を知ったのではなくて、知られる他のものを知っただけのことになる。これは自己を知ることではなくて、他を知ることなのである。(中略)すべては他をもって他を知ることになり、自己をもって自己を知ることにはならないだろう。全体が、知る部分と知られる部分を知るに過ぎなくなる。従って、自己を知るというのは、知るものが知るもの自身を知ることでなければならない。すなわち知の知でなければならない』。

ここまでで「知る」ということが知る主体と知られる他との関係、そして知る部分と知られる部分という関係から「自己を知るというのは、知の知でなければならない」ということを第一の結語として導かれている。さらに展開して『いくら知る自己を知ろうとしても、知られるのはいつも知る自己ではなくて、知られる他に過ぎなくなり、わたしたちは無限に同じことを繰り返して、結局自己を知ることはできないだろう』とし、第一の結語を補い、『知は、いつも他の知であって、自己の知ではないことになる』と第二の結語が導かれる。つまりこの思考の繰り返しは『古代のアポリア』であるとする。この章では、第三の結語として、『ではどうすればよいのか』と投げかけ、『もともと自知とはそういう矛盾を含んだものであって、そのような矛盾の自己同一がすなわち実在なのだと言おうか。これはアポリアを解くかわりに、アポリアをそのまま呑み込んでしまう仕方である』としている。しかしこれは結論ではなく、さらにつづいて『この自知のアポリアをどう取り扱ったらよいか』と問い、そのアポリアそのものを以下に再解釈している。

『全体が知るものと知られるものとに分かれるとき、両者は互いに他者となり、知る部分は知る部分自身を知るのではなくて、知られる他の部分を知るのであり、知られる部分は、知られる部分自身によって知られるのではなくて、知る他の部分によって知られることになる。これは他者による他者の知であって、自己による自己の知ではない』。

ここまでが自己を知ることのアポリアについて書かれた内容であるが、知る部分がその自身を知るのではなくその他の部分を知るということ、これが他者の知であり自己による知ではないということがわかる。またそこから自分が知ろうとするその対象が自分であるとき、それは自分を客観視するということが前提なのだろうか、と考えるとそこにも矛盾が生じることに気づく。よく「自分を客観的に見つめろ」などということを様々な場面で耳にする。本当にそんなことができるのか不明だが、しかしたとえそれが出来たとしても、自分を知るということとはいえないだろう。それは他者による知ということになる。しかしこういった思考は無意味なことではないことも気づかされる。テキストはさらに続いて、上記のアポリアの存在とその認識について確認し、そのうえで自知は不可能なのかとあらためて問う。以下にテキストを抜粋する。

『知るものの側に自己をおくとき、知るものはどこまで行っても知るだけであって、決して知られるものにはならないとすると、自己は決して客観化されることのない、絶対的主観の意味をもつと考えられる。このような自己は、決して無意味ではなく、むしろ知るものとしては、その純粋究極のかたちにおいて、かくのごときものでなければならないと考えられる。わたしたちのうちにあって、終始ただ知るだけで、決して知られることがなく、強いてこれを対象化して、知ろうとすれば、そこに無限進行のアポリアが生じ来たるがごときもの、それがつまりわたしたちの自己であると考えられる。したがって、自知のアポリアは、かくのごとき自己を不可能にするものでは決してなく、ただこれを対象化してとらえることの不可能を示すものと解される』。

「自己は客観化されること」がなく、「絶対的主観」の意味をもち、「自己」は無意味ではない。自己に意味がなければ、主観としての自己も存在しない。わたしたちの「自己」というものは、知るだけで知られることがない、自己を対象化して知ろうとすると無限のアポリアに陥る。ちなみにテキストではこの後もさらに論は展開され、上記が結論ではない。

「自分を知るということのアポリア」は、自己を対象化することが不可能であり、そしてもっと言うとこのこと自体(自己を知るということそのもの)を対象化してとらえることが不可能であるといえないだろうか。つまり「自分を知るということを対象化できない」ということになるのではないだろうか。私が冒頭に書いた「知る」ということ、特に「自分を知る」ということについての一種の違和感は、この本にであってもう30年以上経てもなお続いており、「知る」ということについてはますますわからないというより、文中にあったアポリアの認知に留まったままで、「自己を知るとは」などと問うことはないし、「対象化」しないようになっている。しかし上記で展開される「知る側」「知られる側」の関係、あるいは「自己」と「他者」との関係において、鏡に反射した鏡のごとく無限に繰り返される思考を無意味ととらえず、私自身としてその関係性をそのときそのとき思考する、あるいは自身の経験に照らし合わせて内省する。このような「自分を知る」ということが「知れば知るほど知らない自分に気づく」などという短絡的な解釈よりも、「知る」対象が自己であることとそうではないこととを余韻を含ませることなく自分自身に突きつけること、それ自体に何かしらの違和感を正直に認めるような状態でありたいと考える。つまり無限に繰り返される思考は、結局はナンセンスに行き着きがちだが、単にそれが無意味な思考ではないということをもちたいと考える。「自分を知るとはどういうことか」ということに対して、「そんなことを考えるのは意味がない」とか、つまりこういうことだ、などと割り切れるほど一度も「自分」や「知る」ということを深く考えないことは思考の停止を自ら選択することに陥りかねないからだ。

2019.6.30

TEXT 「音楽の状態を憧れる」-3

維持された「プログレッシブ・サウンド」

ジェスロ・タルの50年にわたる活動を総括する3枚組のCD『50 for 50』が昨年発売された。50曲が収められている。ジェスロ・タルの音楽はそれぞれのアルバム1枚ごと、その全体に魅力があり、今まで単体の曲で聴くことを避けていたが、この3枚組を聴いて個別に聴いても十分聴き応えがあるものと再認識した。3枚のうち2枚は主にデビューから70年代の曲が多く収められ、1枚目1曲目が69年の2枚目のアルバム『Stand Up』から『Nothing Is Easy』の1曲目としては意外なフェードインから始まり、3曲目にはイアン・アンダーソンのフルートに加えて彼の唸りが登場する68年の最初のアルバム『This Was』から『Beggar’s Farm』、さらには中盤で再び『Stand Up』からゆったりとしたテンポとブルーズ風の『A New Day Yesterday』などとともに初期の各アルバムやシングルの作品などが収録されている。上記の3曲は私も特に好きな初期の曲で、イアン・アンダーソンのフルートがバンドのオリジナリティを高めているとともに、すでにプログレの特徴の一つである変拍子が現れている。ジェスロ・タルのアルバムは68年から80年までは毎年1作発表されている。私は特に最初のアルバム『This Was』に続いて『Stand Up』、『Benefit』の3枚は何度聴いたかわからないくらいよく聴いた。『This Was』はまだ彼らのルーツであるブルーズ・ロックの雰囲気が残っているが、『Stand Up』ではその域を超えた、独自の世界観をすでに表し始めている。1曲目の『A New Day Yesterday』にはもうプログレの芽ともいうべきリズムが刻まれている。またそれ以外にもバッハの曲『Bouree』をアレンジした曲もあり、アンダーソンのフルートとグレン・コーニックのベースが静かにテクニックを披露している。『Benefit』ではサイケデリックも若干加わりながら他のブルーズ・ロックとは全く異なるものとなった。このように3枚のアルバムだけでも、曲づくりにおいても、また演奏においても急速に進化を遂げた。彼らの音楽がいわゆるプログレのジャンルに属するようにいわれる、その節目となった作品がおそらく71年に出た『Aqualung』であろう。このアルバムは私にとってはそれまでの3枚の延長上にあるものとして捉えていて、サウンド的に各パートの個性が際立つようになり、特にギターのフレーズが効果を発揮していると感じていただけであった。しかしこのCDのライナーノーツを読むと、「『Aqualung』はコンセプト・アルバムである」という音楽評論家の指摘に対してイアン・アンダーソンはそれを否定して・・・というようなことが書かれていた。私も当時これがコンセプト・アルバムとして捉えることがなかったので、なぜ評論家はそういった括りをしたがるのだろうと思ったものだ。しかしアンダーソンはその評論家たちの指摘を無視するのではなく、むしろそれならば「これこそコンセプト・アルバムだ」というものをつくろう、ということでできたのが翌72年の『Thick as a Brick』である。当時のLPレコードA面、B面合わせて1曲という扱いだが、基本的にはいくつかのパートをうまくつないだ形で、その中で共通のモチーフが繰り返され、統一感を計っているものといえる。しかしこれはビートルズのコンセプト・アルバムとしての『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』とは全く異質の、凝りに凝った仕掛けとサウンド、詩のストーリーで綿密に構成されていて、ジェスロ・タルは5作目にして一気に他のプログレ・バンドと一線を画す存在となった。これはこの後の『A Passion Play』(73年)でも同じメソッドとして引き継がれていて、私は個人的にこのアルバムが最も好きなアルバムである。このアルバムはプログレという枠から抜け出し、どのプログレ・バンドにもない世界観を醸し出していて、いわばプログレ・ロックの極地にあるものともいえる。それに伴い『Aqualung』以前の単体の曲の暗くてブルーズ感を内包した魅力は少し影を潜めたが、アルバム1枚で劇的でストーリー性の高い質に仕上がっている。『Thick as a Brick』に戻ると、これを初めて聴いたときは、A面を聴き始めてから特にコンセプト・アルバムとして意識して聴いたわけではなく、むしろ前作までの魅力がないとも思ったものだが、B面の中盤から様相が変わり始め、味わったことのない緊張感に包まれてくる。キーボードを主体とした極端な変拍子のこのパートだけでもこのアルバムを聴く価値がある。少し話はそれるが、このB面の後半を占めるキーボードは、その後発売されたELPの『Brain Salad Surgery』(73年)に大きく影響したと私は推測する(実際そういう事実があるのかもしれないが)。このアルバムのみならずELPにおけるキース・エマーソンによる超絶したキーボード演奏は、バンドというより彼のソロパートに引っ張られてできた曲という印象で、そういった個人プレイの影響が強い傾向のものは他のバンドにも存在する。たとえば同じ時代、いわばプログレの最後の大物バンドともいわれるU.K.の2枚のアルバムではキーボードの奏法がやはりエマーソンばりで、ほかのメンバーの影が薄くなっている曲も中にはある。蛇足だが、U.K.はいかにもプログレといった印象の強い最後のバンドではあるが、基本的に彼ら、特にジョン・ウェットンの曲作りの方向性は、アルバムを聴いているとプログレが目的であって、プログレ的な音楽を作ることに力を注いでいるようにみえる。そういった方法は70年代の流行が覚めてしまえばやはり飽きられてしまう。そのためウェットンは80年代にはいりスタイルを変え、新しいバンドASIAで大成功をおさめたが、そのスタイルはもうプログレではなく、曲は悪い意味でなくプログレの長大重厚に対する軽薄短小へと変化した。しかしその萌芽としてU.K.の2枚目のアルバム『Danger Money』の『Nothing to Lose』はやがて来る時代を予感させる曲であり、ほとんどASIAの曲といってもいいものだ。この曲は唯一といっていいほど変拍子がなく、ウェットンを中心としたコーラスを含むボーカルと単調なドラム、シンセサイザーが新しい時代にマッチした曲だ。プログレ・サウンドを目的とした作り方は新しい時代になってそのスタイルを変えるか変えないかでその後の道は変わっていったのだろう。ジェネシスのピーター・ガブリエルは、私は彼のソロのポップな曲の方が好きだが、異論はあろうがやはりガブリエルもプログレ・サウンドを目的とした作り方に見切りをつけたかたちとなっている。しかしジェスロ・タルはそもそもプログレ・サウンドを目的としたものではないということが伝わる。ジェスロ・タルの『Thick as a Brick』は先述したようにELPのようなキーボードのソロの感じは全くなく、バンドの音づくりの過程で緻密に練られた構成を聴き取ることができる。その後のアルバムでも同じことがいえる。

ジェスロ・タルに話を戻すと、前述の『A Passion Play』の次のアルバム『War Child』では前作と一変して、タイトルのシビアさとは対照的に曲調は明るい。しかし前作に似たフレーズも垣間見えて、例えば『Sealion』では『A Passion Play』のB面後半の激しい変拍子のモチーフが短い曲の中で展開されていて、アンダーソンの一つのメロディの特徴がここで再び聴くことができる。次の『Minstrel in the Gallery』(75年)では、『Thick as a Brick』のアコースティックの部分がマイナー調になったような、そして初期のサウンドを思わせるオーソドックスで落ち着いた雰囲気のメロディの連続で、メロディメーカーとしてますます磨きがかかっている。組曲的な『Baker St. Muse』の曲の展開は聴くものを飽きさせないし、リリカルなメロディとハードなパートとの対比が自然なかたちで受け入れられる。さらに『Too Old to Rock ‘n’ Roll: Too Young to Die!』(76年)では、ユーモアとアンダーソンのアートワークでのアクションが目を引くが、サウンド的には特に私たちの世代に懐かしい、何か日本の歌謡曲のようなメロディとアレンジで、大げさなオーケストレーションが中途半端でなく、それまで培われた確かな音楽性を自信をもって表現したような音楽だ。そして彼らは80年代に入っても、スタイルは基本的に変わっていない。イアン・アンダーソンの83年のソロアルバム『WALK ONTO LIGHT』では、打ち込みのドラムやプログラムが多く導入されているとはいえ、彼のフルート演奏もあり、独特の変拍子もプログラムに乗って仕上がっていて、何曲かはそのままジェスロ・タルの曲といってもいいくらい彼のスタイルが維持されている。つまり彼にとってプログレというのは目的ではなく、あえていえば自己表現を助ける最大の手段であり、さらに言えば彼の音楽に欠かせない一要素となっていたことがソロのアルバムからも聴きとることができる。同じようなことがいえるプログレの代表にピンクフロイドがいる。当初サイケデリックの印象が強いアルバムが続いたが、70年に出た『Atom Heart Mother』はプログレの始まりを告げるような重要なアルバムとなった。しかしフロイドの曲には特に変拍子があるわけではなく、彼らの音づくりはロックでありながら、その枠組みさえはみだしそうなサウンドを生み出している。その後の名盤中の名盤『The Dark Side Of The Moon』のA面の構成は全体で1曲というわけではいないが、やはりA面で一つという印象が強い。A面は大きく分けて前半の『Breathe』と、特にリック・ライトのピアノが美しい後半の『The Great Gig in The Sky』で構成されている。バンドのメンバーではない女性のボーカルのソロパートは、ロックの域を超え、彼らの高い音楽性を証明する一助となっている。しかしB面も個別に曲は分かれてはいるが、アルバム全体に欠かせない要素としてうまく構成されている。このアルバムは基本的にロックの形態を踏まえたものだが、その一方『Atom Heart Mother』を最初聴いたときは、かなり違和感を覚えたことを思い出す。その感覚は割と最近まで残っていた。私がフロイドのアルバムを始めて聴いたのは『Meddle』で、『The Wall』が出る前、今から40年くらい前の『Animals』が出たころだった。その感覚で聴いた『Atom Heart Mother』はこれがプログレというものなのか、と実感したことも覚えている。A面はロックの作品にはあまりないホーンセクションが前面に出て、フロイドのメンバーの個性が出ていないのではないかと感じたのも事実だ。しかしその違和感みたいなものが払拭されたのが、近年発売されたフロイドの初期の、主にライヴ音源や未発表のテイクなどを集めた『The Early Years-CRE/ATION』のなかに収録されていた『Atom Heart Mother』のバンドバージョンのライヴ音源を聴いたときだった。ホーンセクションはなく、フロイドの4人のみによるライヴ演奏で、ギルモアのギターもレコードの音より鋭く、リック・ライトのキーボードもホーンセクションを取り去ること表出した彼独特の美しい音色が際立っている。メイスンのドラムはいい意味でプリミティブで荒っぽさが際立ち、これを聴くとプログレというより純粋なロックだということが分かる。

再びジェスロ・タルに戻ると、彼らの特に70年代のアルバムは『Thick as a Brick』以降は、前述したようにそれぞれ明確なテーマを持って1枚1枚を仕上げてはいるが、最初に上げた『50 for 50』ではアルバムの中の単体をピックアップしても十分単体の曲として聴き応えがあるものであることがわかる。その選ばれた曲を聴いていると、各アルバムで聴いた印象とはまた違って、新たな発見もあり、まるで3枚組の新譜を聴いているかのような充実感があるというのもジェスロ・タルたる所以ではないだろうか。すべてのアルバムでイアン・アンダーソンの個性が発揮され、その尽きない創造力はプログレというジャンルをより意味あるものへと深化させ、他方へ大きな影響を与え続けた。最初の回に取り上げたアイアン・メイデンはジェスロ・タルを始めとしたプログレ的クリエイティビティを彼ら独自の解釈で受け継いでいる。

 

 

 

2019.6.23

TEXT 「音楽の状態を憧れる」-2

メタル・音楽(2)

キング・クリムゾンの『The ConstruKction of Light』は2000年に発表されたスタジオ録音のアルバムである。ビル・ブラフォード(近年ではブルーフォードという)は不在だ。私はこのアルバムが現在に至る約半世紀にわたるクリムゾンのキャリアのなかでも最も好きなアルバムといってもいい。私にとってクリムゾンの魅力をあえて誤解を恐れず言うと、それは『音の健全な暴力』ということができる。「暴力」という言葉に抵抗はあるかもしれないが、この言葉が私がクリムゾンを聴いてから40年あまりつきまとっていた言葉であり、彼ら、というよりロバート・フリップの音楽は思想的にも多くの影響を受けたといっても言い過ぎではないほどである。アルバム『The ConstruKction of Light』は、その『音の健全な暴力』を極限にまで高めた作品であり、それまでの彼らのオリジナリティを進化させ、統合させた作品ともいえる。どのような点でそういえるのかというと、このアルバムに収録されている曲に具体的に表現されている。まず2曲目であるタイトル曲の『The ConstruKction of Light』は、80年のアルバム『Discipline』のライン上にある作品だ。「ライン上」などというと、直後の2枚のアルバム『Beat』や『Three of a Perfect Pair』のような、よくいわれるような『Discipline』の惰性で契約上仕方なく作られたといわれるようなつくりではなく、曲でいうと『Frame by Frame』や『Discipline』のような、それこそ「規律」や「訓練」といった言葉がうまくあてはまるような、あたかもギター教本をレベルアップさせたような音のつくりだ。また一方で『Larks’ Tongues in Aspic Part IV』はもちろん『PartⅠ』と『PartⅡ』をよりヘヴィにしたもので、リリックな感傷が入る余地が全くない、まさに「音そのもの」なのだ。また『FraKctured』は70年代の黄金期、ライヴでもよく演奏されたアルバム『Starless and Bible black』の『Fracture』のアルペジオ的なフレーズが使われている。このほかの曲でもエイドリアン・ブリューが主に手掛けたと思われるボーカル入りの曲も、80年代、90年代のどちらかというと浮いた感じが消え、よりクリムゾン的色彩が濃いものに進化している。このアルバム発売からすでに20年近く経っているが、この傾向は最近でもよりヘヴィなサウンドで確認できる。特に最近では過去のライヴ音源が多くCD化されている。個人的には昨年の12月の来日公演で実感することを果たした。『Larks’ Tongues in Aspic PartⅠ、Ⅱ、 IV』、『Red』、『Discipline』を目の前で弾いているフリップの姿が信じられなかった。ギターのみでなく、特にドラムの3人編成がより全体に厚みを持たせている。徹底したヘヴィ振りだ。このサウンドに対し「ヘヴィ」という語をあえて用いるのは、フリップが90年代に自らの音楽を『ヌーヴォ・メタル』と名付けたことからも、明らかにメタル・サウンドに対する特別な考えがある。『Red』の音に対し、かつてフリップが『Yes, the iron. It’s the iron, isn’t it?』と発言したと当時のレコードのライナーノーツに書かれているが、その時はシニックな発言として受け止めることもあったかと思うが、90年代以降現在に至るまで『ヌーヴォ・メタル』スタイルを貫いていることからも、彼はメタルに対して自身が目指す究極をみていたのではないかと思われる。95年発売の『Thrak』は『ヌーヴォ・メタル』を実践した最初のフルアルバムだが、そこではシンプルな音階とダブル・ドラムがかつての『Red』を思わせるサウンドとしてヘヴィさが蘇っている。レコード店のジャンル分けでいうとクリムゾンンはロック/ポップスに含まれ、HR/HMのジャンルとは一般的に切り離されていることもある。しかしクリムゾンの「音」はヘヴィメタを超えたメタル・サウンドだ。『音の健全な暴力』ということを最初に書いたが、音に関しては暴力があっていいのではないか。徹底した音の暴力のみこそが、音以外の要素が全く入る余地のない、他を寄せ付けないようないわば「暴力性」こそが、逆説的だが音楽の魅力を引き上げるのではないか。あらゆる音から適切な音を拾ってメロディを紡ぐのではなく、音のすべてを現前させる。それはあたかも「白色雑音」をより「発見的」に、あるいは「再現的」に表出させるような感覚である。

このアルバムの最後の曲は『Larks’ Tongues in Aspic Part IV』から直結したかたちで『Coda: I Have a Dream』につながる。20世紀の悲劇の出来事を列記し、最後にキング牧師の言葉で終えるこのボーカル入りのこの曲も、前曲の暴力性を際立たせる役割を果たしているように感じる。

前回のTEXTで、音楽のことを書く最初にヘヴィ・メタルを取り上げたのも、ロバート・フリップのメタルに対する創作態度からくる私個人のメタルへの偏見のない、むしろ純粋な憧れがそうさせたと考える。

2019.6.16

TEXT 「音楽の状態を憧れる」-1

メタル・音楽(1)

唐突だが、ヘヴィメタルのジャンルにおいて、新しいバンドの存在を私は知らない。ヘヴィメタルといっても様々なタイプがあるはずなのだが、括られて一つの印象を与えている。「ただうるさいだけ」「大音量のギターとドラム、絶叫するボーカル」。こういったレッテルはいつのころから貼られてきたのか。そもそもヘヴィメタの始まりはどこか。どんなバンドの、どんなアルバム、曲か。よく取り上げられるバンドにブラック・サバスがある。

トニー・アイオミのギターリフは確かにその後のメタルの始まりともいえなくもない。しかしそのリフは指にハンデがありながも独創的で、さらにオズボーンのボーカルがそのリフのうえにただ乗っかっているという単純な印象はまったくない。しっかりとしたメロディと演奏、ボーカルを構成している。4作目後にメンバー、特にアイオミが曲作りのスランプに陥り、そこから抜け出したときの5作目で披露されたリフには、その後のメタルのリフを先取りしたフレーズがみられるようになったが、基本的に70年代のしっかりとしたブリティッシュ・ロックのスタイルを踏襲している。

ギターリフといえば、70年代はリッチー・ブラックモアも多くの有名なリフを残しているし、彼自身ディープ・パープル後のレインボウや繰り返される再結成やソロでも、自身のリフを何度も採用していて、ディープ・パープル、レインボウと違うバンドとしてライヴを行っても、それぞれのボーカルがリフに合わせたメロディを歌いあげている。レインボウのアルバム『DIFFICULT TO CURE』の2曲目『Spotlight Kid』はパープルの90年代に再結成された時のアルバムの曲でも確か使われている。他にも初期のパープルで有名な『Highway Star』もレインボウでほぼ同じリフが使われている曲があり、多くのリフが様々な曲で引用されている。ライヴではパープルかレインボウかでボーカルが異なるため、パープルで使ったリフをレインボウで披露できないということが一般的にあるが、ブラックモアの場合そういうことにならないようになっている。同じリフでメロディとボーカルが異なるという違いだけの状態で、彼はどちらのボーカルでもかまわないといった感じで演奏しているように聴こえる。一方ボーカルは作詞を担うことが多いが、私の勝手な思い込みだが、ボーカルはブラックモアがあみだしたリフにメロディラインをつくる役目も担っていたのではないかと考える。レインボウもパープルのギランのボーカルとレインボウでのボーカル担当でやはり曲の出来が大きく差がでていることからもそう推測される。ブラックモアはパープルでギランとカヴァーデイルという優れたボーカルを得たが、その後のレインボウでボーカルに苦労したのではないだろうか。レインボウの2作目『Rising』はいわゆる名盤中の名盤だが、ボーカルはロニー・ジェイムス・デイオで、レインボウの歴代のボーカルのなかでは最もブラックモアの曲に合っていたように思われるし、楽曲としても『Stargazer』と『A Light In The Black』はLPレコードのB面を占める大作で、コージー・パウエルのドラムの迫力のうえにメンバーの力量が充分発揮された傑作となっている。しかしその後ボーカルも代わりアルバムとして物足りない印象を与えたが、80年代に入りアルバム『DIFFICULT TO CURE』が出て、ボーカルがジョー・リン・ターナーに代わった。彼のボーカルは80年代という新しい時代にふさわしい魅力を放ち、ブラックモアのギターも一段と引き立ったような印象を与えている。これはやはりボーカルであるターナーの力も大きいのではないかと考える。またブラックモアに関してはギターのリフのみでなく、パープルの『Burn』で披露されたジョン・ロードのソロのキーボード(オルガン)のモチーフは、その後レインボウでも繰り返し採用されているし、前述の『A Light In The Black』、あるいはパープル再結成の『Perfect Strangers』でもわかりやすいかたちでそれが展開されている。ギターソロでなくてもブラックモアを特徴づける代表的なフレーズとなっている。

ギターとボーカルの関係をさらに敷衍すると、これはメタルとは言い切れないが、マイケル・シェンカーが在籍するUFOとその後のM.S.Gの時とで、やはりメロディに大きな差がでている。ドイツ人であるマイケルが当時英語を話せなかったこともあってなのか、作曲とギターテクで自己表現を最大限発揮することに全精力を注ぐ一方で、その手助けとしてUFOではボーカルのフィル・モグの存在は欠かせない。彼もやはり歌詞とメロディに大きな影響を与えたことは十分推測できる。なぜならM.S.GではUFOとはその質にあきらかに大きな差があるように思われるからだ。フィル・モグはまだマイケルがスコーピオンズに在籍していた頃に、たびたび彼をライヴでレンタルしていて、その後マイケルの兄ルドルフ(スコーピオンズでギター担当)の承諾を得て若いマイケルを加入させたといわれている。加入後の1作目『Phenomenon』は、これもいわゆる名盤中の名盤で、ほとんどの曲でマイケルが作曲している。『Doctor Doctor』や『Rock Bottom』といったその後のマイケルにとって重要な曲もこのアルバムに収められていて、歌詞と曲の関係は切り離せないものとなっている。ファンならタイトルを聴いただけでメロディとモグの声、マイケルのリフとソロがすぐに頭の中に駆け巡るだろう。このアルバムは全編通してハードななかにもマイケル特有のメランコリックな旋律もあり、際立った明るさや派手さというもの、いわば遊び的で無駄な要素があまりなく、その点からも長く愛聴される理由ともなっているように思うのだが、その後のアルバムではギターのリフに明るさというものが垣間見えるようになる。それぞれのアルバムで1枚を通して聴くには何度も繰り返しという感じではなくなる。もちろん好みはあるが、それだけに『Phenomenon』への郷愁みたいなものが一層増すかたちとなる。しかしマイケル脱退2作前、アメリカを強く意識したといわれるアルバム『Lights Out』のタイトル曲は、やはりその後のマイケルの定番となるような力の注ぎようで、彼がつくったもののなかでも最もハードなプレイを披露している。やはりこのタイトルを聞けば、特にライヴ盤の『Strangers in the Night』での「lights out Chicago!」と叫ぶモグの声が聞こえるように、歌詞と曲が切り離せないし、この曲は特にモグのボーカルでなければならないとファンなら思うだろう。モグはマイケルの才能を開花させたというだけでも、一流のプロデューサーでもあるともいえる。

近年ホワイトスネイクの新譜が出たが、残念ながらそこには80年代の冴えはもうない。この新譜のみでなく、87年以降現在に至るまでのアルバムにも同じことがいえる。特に今世紀に入ってからでたアルバムでは全く曲の態をまるでなしていないように思われるし、ほぼギターの勢いのみが前面にでていて、ほとんどの曲が同じような印象を与えている。なかにはいい曲もあるが、アルドリッヂのギターはカヴァーデイルのボーカルには向いていないように思われる。87年のいわゆる『Serpens Albus』(正式には『Whitesnake』(アメリカ盤))は、これも名盤中の名盤で、イギリス本国はもとより世界中でいまだに聴き継がれている。これに大きく貢献したのが、ジョン・サイクスである。このアルバムでサイクスはほとんどの曲でギターと曲作りに参画している。2曲が過去の曲のリメイクだが、カヴァーデイル単独で作られた『Crying in the Rain』はサイクスの自身のライヴでも演奏しているほど、彼のギターが冴えている。つまりサイクスはこの曲の蘇生に自身が果たした役割をよく知っているからこそライヴでも最も盛り上がる曲の一つとなっている。その他の曲もサイクスのギターが全面に出ながらも、カヴァーデイルのボーカルはむしろ水を得た魚のように生き生きとしている。サイクスのバンドで彼が作った曲を聴いても、これもサイクスのボーカルではなくカヴァーデイルのそれだったらどんなにいいだろうと思ったものだが、そう思わせるほどカヴァーデイルにはサイクスが必要だし、サイクスにとっても、彼が自身のバンドでボーカルを担っても、やはり物足りないのが現実だ。双方にとって欠かせない存在だと思うのだが、このアルバム以降二人による曲、アルバムはない。そして現在に至るまでホワイトスネイクは、ヴァンデンヴァーグ以外よいギタリストに恵まれていないように思えるし、そのせいか曲においてもカヴァーデイルの魅力が活かされたものは出ていない印象がある。今回の新譜も例外ではない。

80年代から現在に至るまで、アルバムをコンスタントに出し続けているバンドにアイアン・メイデンがある。ヘヴィメタらしい音楽を作り続けているバンドだが、彼らの音楽の根底には70年代ロックがある。スティーヴ・ハリスはジェネシスやジェスロ・タルの影響を受けていると公言している。(ハリスがジェスロ・タルのアルバムのライナーノーツも手掛けているものもあるほど)。特に5作目の『Powerslave』以降、その影響をうかがわせるような長尺で変調の曲も多い。3作目までは加入したばかりのブルース・ディッキンソンの伸びのあるボーカルとシンプルなロックが魅力だったが、4作目の『Piece of Mind』(Peace of Mindではない)では、ニコ・マクブレインの新加入による高度なドラミングと、スタイルを確固としたスミスとマーレイによるツイン・ギター、そしてディッキンソンの高音のボーカル、なによりハリスだけではなくスミスやディッキンソンの手による曲も個性を放ち、安定した統一感に仕上がったアルバムとして、私は個人的に最もよく聴いたアルバムである。ボーカルであるディッキンソンはこのアルバムで『Revelations』やスミスとの共作の『Flight Of Icarus』でコンポーザーとしての才能も証明した。直近の新譜で『The book of souls』(2015)は、2枚組のスタジオ録音で、80年代で展開した世界観をますます進化させ、聴くものを裏切らない作品となっている。ここでもディッキンソンが書いた曲は色褪せていないどころかますます精彩を放っている。前述の曲『Revelations』のギターリフには、メタルではないウィッシュボーン・アッシュの70年代の名盤『Argus』のなかの『Warrior』のフレーズと同じモチーフが採用されている。メイデンのギターリフには、例えばマイケル・シェンカーに似たものもある。聴いたことのあるフレーズが違うバンドで聴かれるというのは決して悪いことではなく、むしろそれまで積み上げられたブリティッシュ・ロックの伝統を踏襲しているという安定感が伝わってくる。ディッキンソンが在籍した期間に発表されたアルバムを通して聴くと、それがよく伝わってくる。

一方、メタルではないが、自ら「ヌーヴォ・メタル」として90年代に自身のスタイルを名づけたバンドにキング・クリムゾンがある。

・・・続く

2019.5.3

TEXT プルーストの「その時」―2

    前回、『現実とは感覚と回想との関係のことであり、作家は文章のなかでこれらをつなぎ合わせるために見出すもの』として、『失われた時を求めて』から引用してプルーストの作家の在り方を取り上げた。作品を仕上げていく段階で、ある感覚についてプルースト独特の感性を表現した箇所がある。

『ときには作品の悲痛な断章がまだ下書きの状態にある段階で新たな愛情や苦痛が到来すると、それはその断章を仕上げ、豊かに膨らませる機会となる。このように役に立つ大きな悲嘆にかんしては、さほど不平を言わなくてもいい。そうした大きな悲嘆はかならずやって来るものであり、われわれをそれほど長く待たせることはないからである。とはいえ悲嘆はそう長つづきしないから、その悲嘆を大急ぎで利用しなければならない。人の心はすぐに慰められるものであるからだ。逆にその苦痛が慰められないほどに強いときは、心臓が充分に強靭でない人は死んでしまうからだ。というのも肉体にとって健康にいいのは、幸福だけだからである。しかし精神の力を強化してくれるのは悲嘆である。そもそも悲嘆は、そのたびにある法則を発見させてはくれなくとも、そのたびに習慣や懐疑や軽薄や無関心という雑草をひき抜いてわれわれを真実へとひき戻し、ものごとを真剣に考えるよう強いるから、やはり必要不可欠なものなのだ』。(第13巻 岩波文庫 吉川一義訳)

「どうせ悲しいことは起こるのだから、もとより幸福など求めない」というような類のいわばシニックで悲観的な思考ではなく、『悲嘆はかならずやって来る』ものであり、作品、すなわち仕事や実生活においてそれを利用しなければならない、しかも『悲嘆は長つづきしない』し『すぐに慰められてしまうから』として、「悲嘆」というものを現実の必然的事象として受け止める。それはプルースト自身が人生経験のなかで体得し、さらに過去の様々な現象から分析し、思考したいわば「科学」であり、それを作家としていかに活かすのかということを思考したリアリストとしての顔が最も表出した一節ではないかと思う。この膨大なテキストを仕上げていく段階で、様々な悲しいことに遭遇するたびに執筆を中断したり止めてしまっては、それは少なくとも職業としての作家としては不適格であり、逆にその悲しみを作品の質に転化させてこそ、しかもすぐにそれを行ってこそ作家なのであり、プルーストはそれをこの小説で証明してみせたということになる。 このように悲しみに目を背けず、それを積極的に受け入れるということを、小説のなかで明確に書かれた小説を他に挙げると、例えばドストエフスキーの『罪と罰』やフォークナーの『野生の棕櫚』があげられる。ラスコーリニコフはこれから起こりうる悲しみを受け入れ、自首し、シベリアへ流刑される。しかしそこでは大きな病気をして、受け入れた罰以上の悲しみを負うことになる可能性から身体的に回復し、精神的にはソーニャと和解し、そして自我とも和解することになる。『野生の棕櫚』においては、ウィルボーンが「悲しみと無のあいだにあって、悲しみを選ぶ」とし、逃げることも自死することも拒み罪を償う。いずれも物語としては悲惨で暗いものだが、ドストエフスキーもフォークナーも主人公の行動や言葉を通して、物語の結論として悲しみを積極的に受け入れることを描いているため、物語の悲惨さや暗さというものがその結論のための経過であるという認識に至らしめる。そして読む者を励ます力強さを獲得する。『失われた時を求めて』の『精神の力を強化してくれるのは悲嘆である』という言葉は、ドストエフスキーやフォークナーと同じように、力強い言葉として我々に訴えかける。

昨年の地震の後のテキストで、フォークナーの日本の若者への言葉を引用した。『人間は強靭であり、何ものも本当に何ものも、戦争の悲しみも、失望も絶望も、何ものも人間が生き続けるほど長くは続かないだろう。・・・すがるべき杖を探すための努力ではなく、希望と人間の強靭さと忍耐力を信じることによって自分の足で真っ直ぐに立つ努力をするならば、人間はあらゆる苦悩を乗り越えられるだろう』。私たちが経験した悲しみは、個人差はあれ、やがて薄れて、そしてまたあらたな悲しみや困難に遭遇する。しかしそれら悲しみは長く続かないが、だからといってそれら悲しみをなかったこととするのではなく、そのときそのときその悲しみをしっかりと受け入れることで精神の力を強化していくという気持ちを持つことができれば、『失われた時を求めて』は人生のなかで大事な出会いといっても言い過ぎではないだろう。

2019.4.29

TEXT プルーストの「その時」―1

小説の中でも、長編を読むという行為は読書の最大の楽しみの一つともいえる。例えば文庫本で4巻以上もあるような大きな小説というと、トルストイの『戦争と平和』、ミッチェルの『風と共に去りぬ』、スタインベックの『エデンの東』など他にも上げたらきりがないが、これらの小説は長いにも関わらず非常に読みやすいという点でも共通していて、それが長く読まれている理由の一つでもあるようにも思われる。しかしとりわけ群を抜いて長い作品がプルーストの『失われた時を求めて』ではないだろうか。この有名な作品は、有名であるにもかかわらず、全部を読み切った人は一体どれだけいるのだろうかと考えてしまう。私もこのあまりに大きさゆえ、もう30年ほど前になるが、エクストレ版で読んだくらいで、それ以来全部を通して読んでいない。しかし9年ほど前に岩波文庫から全14巻の刊行が始まり、それを機会に1巻目から読み始め、1年に1冊かせいぜい2冊しか配本されないものを、もう9年にわたって読み続け、ようやくあと1冊の配本を残すのみというところまできている。かつてこれほど長い期間にわたって読み続けた小説はない。昨年暮れに配本された第13巻目は『見出された時Ⅰ』で、物語としては第1巻目からもう20年ほど経過した状態で、主人公「私」を巡る出来事の長々しい描写を経て、「私」の文学論が展開される。「私」の文学論は「プルースの」文学論に置き換えることが出来る。しかしそれは文学論というより、彼の思想、哲学といっていいものであり、胸に響くエクリチュールが展開する。

『一時間はただの一時間ではなく、さまざまな香りや音や計画や気候などで満たされた壺である。われわれが現実と呼んでいるものは、われわれを同時にとり巻いているこうした感覚と回想とのある関係のことであり、-この関係は単なる映画的ヴィジョンでは抹消されてしまうから、映画的ヴィジョンは真実だけを捉えようとしてなおのこと真実から遠ざかる-、この関係こそ、作家が感覚と回想というふたつの異なる項目を自分の文章のなかで永遠につなぎ合わせるために見出すべき唯一のものなのだ』。(第13巻 岩波文庫 吉川一義訳)

  プルーストは、「現実とは感覚と回想との関係のことであり、作家は文章のなかでこれらをつなぎ合わせるために見出すもの」として、作家の在り方を説いていて、『失われた時を求めて』とはまさにこの思想を体現した、いわば「媒体」のような存在である。私が9年にわたって読み続けられたのも、おそらく時代も場所も、風俗や文化も、時代背景や日常も大きく異なるものに対しても、自分の日常に沿って、自己の環境や境遇との照合と対比のなかで、いわばもう一つの日常として物語が傍らを静かに歩いていたからではないかと思う。単に面白いストーリー展開や結末を期待していたのでは挫折してしまうだろう。またまとまった期間に、たとえば1か月集中的に読もうと思っても、やはり頓挫してしまう、おそらくそういう小説であろう。先述した『風と共に去りぬ』、『エデンの東』などは、物語として壮大で、感動を呼ぶ小説だが、その一方で一度読んだきりで、また読みたいと思うのにかなりの時間を要する。しかし何度も繰り返し読んだ小説というのは、やはりストーリーテリングだけではない。例えば長編のなかでもジョイスの『ユリシーズ』は読むたびに新たな発見がある。しかし『失われた時を求めて』は、その最後までたどり着くのに相当な時間がかかるため、読後また読み返したいとすぐに思っても、なかなか難しいのが現実なのだろう。

先ほどの抜粋した文から発展し、「私」が文学論を展開している。『・・・しかし真実がはじまるのは、作家が異なるふたつの対象をとりあげ、科学の世界における因果律という唯一の関係に相当する芸術の世界における関係としてこの両者の関係をうち立て、この両者を美しい文体という必然的連環のなかに閉じこめるときだけである。(中略)・・・自然自体がそもそも芸術のはじまりではあるまいか?・・・自然は、ある事物の美しさを、しばしばずいぶん後になってから、べつの事物のなかでのみ、ようやく私に教えてくれたからである。』

  プルーストは感覚と回想の関係を説き、そしてそれだけは文体としての芸術に到達していないと考える。ここでは「真実」という語で必然的連環のなかで、異なる2つの対象を捉え、『両者をひとつのメタファーのなかに結びつけて両者に共通するエッセンスをとり出すとき』真実がはじまるとする。

この長大な書物が100年も読み続けられた最大の理由は、この『見出された時』における、「私」に語らせたプルーストの文学論の存在ではないだろうか。私がこれまで読んだ小説のなかでも、このように物語のなかで、しかも最後に登場人物が作家や小説について論ずるという構造は記憶がない。なにか長い眠りの夢から突然現実に引き戻されたような不思議な感覚である。そしてこの感覚がもう一度最初に戻って、読み直したいという欲求につながっていく。「見出された時」にいたる経過は、決して失われた時ではなく、プルーストが求めた真実のとらえ方、エクリチュールの在り方を現前化させる長い長い舞台であるように思える。