TEXT 「音楽の状態を憧れる」-3

維持された「プログレッシブ・サウンド」

ジェスロ・タルの50年にわたる活動を総括する3枚組のCD『50 for 50』が昨年発売された。50曲が収められている。ジェスロ・タルの音楽はそれぞれのアルバム1枚ごと、その全体に魅力があり、今まで単体の曲で聴くことを避けていたが、この3枚組を聴いて個別に聴いても十分聴き応えがあるものと再認識した。3枚のうち2枚は主にデビューから70年代の曲が多く収められ、1枚目1曲目が69年の2枚目のアルバム『Stand Up』から『Nothing Is Easy』の1曲目としては意外なフェードインから始まり、3曲目にはイアン・アンダーソンのフルートに加えて彼の唸りが登場する68年の最初のアルバム『This Was』から『Beggar’s Farm』、さらには中盤で再び『Stand Up』からゆったりとしたテンポとブルーズ風の『A New Day Yesterday』などとともに初期の各アルバムやシングルの作品などが収録されている。上記の3曲は私も特に好きな初期の曲で、イアン・アンダーソンのフルートがバンドのオリジナリティを高めているとともに、すでにプログレの特徴の一つである変拍子が現れている。ジェスロ・タルのアルバムは68年から80年までは毎年1作発表されている。私は特に最初のアルバム『This Was』に続いて『Stand Up』、『Benefit』の3枚は何度聴いたかわからないくらいよく聴いた。『This Was』はまだ彼らのルーツであるブルーズ・ロックの雰囲気が残っているが、『Stand Up』ではその域を超えた、独自の世界観をすでに表し始めている。1曲目の『A New Day Yesterday』にはもうプログレの芽ともいうべきリズムが刻まれている。またそれ以外にもバッハの曲『Bouree』をアレンジした曲もあり、アンダーソンのフルートとグレン・コーニックのベースが静かにテクニックを披露している。『Benefit』ではサイケデリックも若干加わりながら他のブルーズ・ロックとは全く異なるものとなった。このように3枚のアルバムだけでも、曲づくりにおいても、また演奏においても急速に進化を遂げた。彼らの音楽がいわゆるプログレのジャンルに属するようにいわれる、その節目となった作品がおそらく71年に出た『Aqualung』であろう。このアルバムは私にとってはそれまでの3枚の延長上にあるものとして捉えていて、サウンド的に各パートの個性が際立つようになり、特にギターのフレーズが効果を発揮していると感じていただけであった。しかしこのCDのライナーノーツを読むと、「『Aqualung』はコンセプト・アルバムである」という音楽評論家の指摘に対してイアン・アンダーソンはそれを否定して・・・というようなことが書かれていた。私も当時これがコンセプト・アルバムとして捉えることがなかったので、なぜ評論家はそういった括りをしたがるのだろうと思ったものだ。しかしアンダーソンはその評論家たちの指摘を無視するのではなく、むしろそれならば「これこそコンセプト・アルバムだ」というものをつくろう、ということでできたのが翌72年の『Thick as a Brick』である。当時のLPレコードA面、B面合わせて1曲という扱いだが、基本的にはいくつかのパートをうまくつないだ形で、その中で共通のモチーフが繰り返され、統一感を計っているものといえる。しかしこれはビートルズのコンセプト・アルバムとしての『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』とは全く異質の、凝りに凝った仕掛けとサウンド、詩のストーリーで綿密に構成されていて、ジェスロ・タルは5作目にして一気に他のプログレ・バンドと一線を画す存在となった。これはこの後の『A Passion Play』(73年)でも同じメソッドとして引き継がれていて、私は個人的にこのアルバムが最も好きなアルバムである。このアルバムはプログレという枠から抜け出し、どのプログレ・バンドにもない世界観を醸し出していて、いわばプログレ・ロックの極地にあるものともいえる。それに伴い『Aqualung』以前の単体の曲の暗くてブルーズ感を内包した魅力は少し影を潜めたが、アルバム1枚で劇的でストーリー性の高い質に仕上がっている。『Thick as a Brick』に戻ると、これを初めて聴いたときは、A面を聴き始めてから特にコンセプト・アルバムとして意識して聴いたわけではなく、むしろ前作までの魅力がないとも思ったものだが、B面の中盤から様相が変わり始め、味わったことのない緊張感に包まれてくる。キーボードを主体とした極端な変拍子のこのパートだけでもこのアルバムを聴く価値がある。少し話はそれるが、このB面の後半を占めるキーボードは、その後発売されたELPの『Brain Salad Surgery』(73年)に大きく影響したと私は推測する(実際そういう事実があるのかもしれないが)。このアルバムのみならずELPにおけるキース・エマーソンによる超絶したキーボード演奏は、バンドというより彼のソロパートに引っ張られてできた曲という印象で、そういった個人プレイの影響が強い傾向のものは他のバンドにも存在する。たとえば同じ時代、いわばプログレの最後の大物バンドともいわれるU.K.の2枚のアルバムではキーボードの奏法がやはりエマーソンばりで、ほかのメンバーの影が薄くなっている曲も中にはある。蛇足だが、U.K.はいかにもプログレといった印象の強い最後のバンドではあるが、基本的に彼ら、特にジョン・ウェットンの曲作りの方向性は、アルバムを聴いているとプログレが目的であって、プログレ的な音楽を作ることに力を注いでいるようにみえる。そういった方法は70年代の流行が覚めてしまえばやはり飽きられてしまう。そのためウェットンは80年代にはいりスタイルを変え、新しいバンドASIAで大成功をおさめたが、そのスタイルはもうプログレではなく、曲は悪い意味でなくプログレの長大重厚に対する軽薄短小へと変化した。しかしその萌芽としてU.K.の2枚目のアルバム『Danger Money』の『Nothing to Lose』はやがて来る時代を予感させる曲であり、ほとんどASIAの曲といってもいいものだ。この曲は唯一といっていいほど変拍子がなく、ウェットンを中心としたコーラスを含むボーカルと単調なドラム、シンセサイザーが新しい時代にマッチした曲だ。プログレ・サウンドを目的とした作り方は新しい時代になってそのスタイルを変えるか変えないかでその後の道は変わっていったのだろう。ジェネシスのピーター・ガブリエルは、私は彼のソロのポップな曲の方が好きだが、異論はあろうがやはりガブリエルもプログレ・サウンドを目的とした作り方に見切りをつけたかたちとなっている。しかしジェスロ・タルはそもそもプログレ・サウンドを目的としたものではないということが伝わる。ジェスロ・タルの『Thick as a Brick』は先述したようにELPのようなキーボードのソロの感じは全くなく、バンドの音づくりの過程で緻密に練られた構成を聴き取ることができる。その後のアルバムでも同じことがいえる。

ジェスロ・タルに話を戻すと、前述の『A Passion Play』の次のアルバム『War Child』では前作と一変して、タイトルのシビアさとは対照的に曲調は明るい。しかし前作に似たフレーズも垣間見えて、例えば『Sealion』では『A Passion Play』のB面後半の激しい変拍子のモチーフが短い曲の中で展開されていて、アンダーソンの一つのメロディの特徴がここで再び聴くことができる。次の『Minstrel in the Gallery』(75年)では、『Thick as a Brick』のアコースティックの部分がマイナー調になったような、そして初期のサウンドを思わせるオーソドックスで落ち着いた雰囲気のメロディの連続で、メロディメーカーとしてますます磨きがかかっている。組曲的な『Baker St. Muse』の曲の展開は聴くものを飽きさせないし、リリカルなメロディとハードなパートとの対比が自然なかたちで受け入れられる。さらに『Too Old to Rock ‘n’ Roll: Too Young to Die!』(76年)では、ユーモアとアンダーソンのアートワークでのアクションが目を引くが、サウンド的には特に私たちの世代に懐かしい、何か日本の歌謡曲のようなメロディとアレンジで、大げさなオーケストレーションが中途半端でなく、それまで培われた確かな音楽性を自信をもって表現したような音楽だ。そして彼らは80年代に入っても、スタイルは基本的に変わっていない。イアン・アンダーソンの83年のソロアルバム『WALK ONTO LIGHT』では、打ち込みのドラムやプログラムが多く導入されているとはいえ、彼のフルート演奏もあり、独特の変拍子もプログラムに乗って仕上がっていて、何曲かはそのままジェスロ・タルの曲といってもいいくらい彼のスタイルが維持されている。つまり彼にとってプログレというのは目的ではなく、あえていえば自己表現を助ける最大の手段であり、さらに言えば彼の音楽に欠かせない一要素となっていたことがソロのアルバムからも聴きとることができる。同じようなことがいえるプログレの代表にピンクフロイドがいる。当初サイケデリックの印象が強いアルバムが続いたが、70年に出た『Atom Heart Mother』はプログレの始まりを告げるような重要なアルバムとなった。しかしフロイドの曲には特に変拍子があるわけではなく、彼らの音づくりはロックでありながら、その枠組みさえはみだしそうなサウンドを生み出している。その後の名盤中の名盤『The Dark Side Of The Moon』のA面の構成は全体で1曲というわけではいないが、やはりA面で一つという印象が強い。A面は大きく分けて前半の『Breathe』と、特にリック・ライトのピアノが美しい後半の『The Great Gig in The Sky』で構成されている。バンドのメンバーではない女性のボーカルのソロパートは、ロックの域を超え、彼らの高い音楽性を証明する一助となっている。しかしB面も個別に曲は分かれてはいるが、アルバム全体に欠かせない要素としてうまく構成されている。このアルバムは基本的にロックの形態を踏まえたものだが、その一方『Atom Heart Mother』を最初聴いたときは、かなり違和感を覚えたことを思い出す。その感覚は割と最近まで残っていた。私がフロイドのアルバムを始めて聴いたのは『Meddle』で、『The Wall』が出る前、今から40年くらい前の『Animals』が出たころだった。その感覚で聴いた『Atom Heart Mother』はこれがプログレというものなのか、と実感したことも覚えている。A面はロックの作品にはあまりないホーンセクションが前面に出て、フロイドのメンバーの個性が出ていないのではないかと感じたのも事実だ。しかしその違和感みたいなものが払拭されたのが、近年発売されたフロイドの初期の、主にライヴ音源や未発表のテイクなどを集めた『The Early Years-CRE/ATION』のなかに収録されていた『Atom Heart Mother』のバンドバージョンのライヴ音源を聴いたときだった。ホーンセクションはなく、フロイドの4人のみによるライヴ演奏で、ギルモアのギターもレコードの音より鋭く、リック・ライトのキーボードもホーンセクションを取り去ること表出した彼独特の美しい音色が際立っている。メイスンのドラムはいい意味でプリミティブで荒っぽさが際立ち、これを聴くとプログレというより純粋なロックだということが分かる。

再びジェスロ・タルに戻ると、彼らの特に70年代のアルバムは『Thick as a Brick』以降は、前述したようにそれぞれ明確なテーマを持って1枚1枚を仕上げてはいるが、最初に上げた『50 for 50』ではアルバムの中の単体をピックアップしても十分単体の曲として聴き応えがあるものであることがわかる。その選ばれた曲を聴いていると、各アルバムで聴いた印象とはまた違って、新たな発見もあり、まるで3枚組の新譜を聴いているかのような充実感があるというのもジェスロ・タルたる所以ではないだろうか。すべてのアルバムでイアン・アンダーソンの個性が発揮され、その尽きない創造力はプログレというジャンルをより意味あるものへと深化させ、他方へ大きな影響を与え続けた。最初の回に取り上げたアイアン・メイデンはジェスロ・タルを始めとしたプログレ的クリエイティビティを彼ら独自の解釈で受け継いでいる。

 

 

 

TEXT 「音楽の状態を憧れる」-2

メタル・音楽(2)

キング・クリムゾンの『The ConstruKction of Light』は2000年に発表されたスタジオ録音のアルバムである。ビル・ブラフォード(近年ではブルーフォードという)は不在だ。私はこのアルバムが現在に至る約半世紀にわたるクリムゾンのキャリアのなかでも最も好きなアルバムといってもいい。私にとってクリムゾンの魅力をあえて誤解を恐れず言うと、それは『音の健全な暴力』ということができる。「暴力」という言葉に抵抗はあるかもしれないが、この言葉が私がクリムゾンを聴いてから40年あまりつきまとっていた言葉であり、彼ら、というよりロバート・フリップの音楽は思想的にも多くの影響を受けたといっても言い過ぎではないほどである。アルバム『The ConstruKction of Light』は、その『音の健全な暴力』を極限にまで高めた作品であり、それまでの彼らのオリジナリティを進化させ、統合させた作品ともいえる。どのような点でそういえるのかというと、このアルバムに収録されている曲に具体的に表現されている。まず2曲目であるタイトル曲の『The ConstruKction of Light』は、80年のアルバム『Discipline』のライン上にある作品だ。「ライン上」などというと、直後の2枚のアルバム『Beat』や『Three of a Perfect Pair』のような、よくいわれるような『Discipline』の惰性で契約上仕方なく作られたといわれるようなつくりではなく、曲でいうと『Frame by Frame』や『Discipline』のような、それこそ「規律」や「訓練」といった言葉がうまくあてはまるような、あたかもギター教本をレベルアップさせたような音のつくりだ。また一方で『Larks’ Tongues in Aspic Part IV』はもちろん『PartⅠ』と『PartⅡ』をよりヘヴィにしたもので、リリックな感傷が入る余地が全くない、まさに「音そのもの」なのだ。また『FraKctured』は70年代の黄金期、ライヴでもよく演奏されたアルバム『Starless and Bible black』の『Fracture』のアルペジオ的なフレーズが使われている。このほかの曲でもエイドリアン・ブリューが主に手掛けたと思われるボーカル入りの曲も、80年代、90年代のどちらかというと浮いた感じが消え、よりクリムゾン的色彩が濃いものに進化している。このアルバム発売からすでに20年近く経っているが、この傾向は最近でもよりヘヴィなサウンドで確認できる。特に最近では過去のライヴ音源が多くCD化されている。個人的には昨年の12月の来日公演で実感することを果たした。『Larks’ Tongues in Aspic PartⅠ、Ⅱ、 IV』、『Red』、『Discipline』を目の前で弾いているフリップの姿が信じられなかった。ギターのみでなく、特にドラムの3人編成がより全体に厚みを持たせている。徹底したヘヴィ振りだ。このサウンドに対し「ヘヴィ」という語をあえて用いるのは、フリップが90年代に自らの音楽を『ヌーヴォ・メタル』と名付けたことからも、明らかにメタル・サウンドに対する特別な考えがある。『Red』の音に対し、かつてフリップが『Yes, the iron. It’s the iron, isn’t it?』と発言したと当時のレコードのライナーノーツに書かれているが、その時はシニックな発言として受け止めることもあったかと思うが、90年代以降現在に至るまで『ヌーヴォ・メタル』スタイルを貫いていることからも、彼はメタルに対して自身が目指す究極をみていたのではないかと思われる。95年発売の『Thrak』は『ヌーヴォ・メタル』を実践した最初のフルアルバムだが、そこではシンプルな音階とダブル・ドラムがかつての『Red』を思わせるサウンドとしてヘヴィさが蘇っている。レコード店のジャンル分けでいうとクリムゾンンはロック/ポップスに含まれ、HR/HMのジャンルとは一般的に切り離されていることもある。しかしクリムゾンの「音」はヘヴィメタを超えたメタル・サウンドだ。『音の健全な暴力』ということを最初に書いたが、音に関しては暴力があっていいのではないか。徹底した音の暴力のみこそが、音以外の要素が全く入る余地のない、他を寄せ付けないようないわば「暴力性」こそが、逆説的だが音楽の魅力を引き上げるのではないか。あらゆる音から適切な音を拾ってメロディを紡ぐのではなく、音のすべてを現前させる。それはあたかも「白色雑音」をより「発見的」に、あるいは「再現的」に表出させるような感覚である。

このアルバムの最後の曲は『Larks’ Tongues in Aspic Part IV』から直結したかたちで『Coda: I Have a Dream』につながる。20世紀の悲劇の出来事を列記し、最後にキング牧師の言葉で終えるこのボーカル入りのこの曲も、前曲の暴力性を際立たせる役割を果たしているように感じる。

前回のTEXTで、音楽のことを書く最初にヘヴィ・メタルを取り上げたのも、ロバート・フリップのメタルに対する創作態度からくる私個人のメタルへの偏見のない、むしろ純粋な憧れがそうさせたと考える。

TEXT 「音楽の状態を憧れる」-1

メタル・音楽(1)

唐突だが、ヘヴィメタルのジャンルにおいて、新しいバンドの存在を私は知らない。ヘヴィメタルといっても様々なタイプがあるはずなのだが、括られて一つの印象を与えている。「ただうるさいだけ」「大音量のギターとドラム、絶叫するボーカル」。こういったレッテルはいつのころから貼られてきたのか。そもそもヘヴィメタの始まりはどこか。どんなバンドの、どんなアルバム、曲か。よく取り上げられるバンドにブラック・サバスがある。

トニー・アイオミのギターリフは確かにその後のメタルの始まりともいえなくもない。しかしそのリフは指にハンデがありながも独創的で、さらにオズボーンのボーカルがそのリフのうえにただ乗っかっているという単純な印象はまったくない。しっかりとしたメロディと演奏、ボーカルを構成している。4作目後にメンバー、特にアイオミが曲作りのスランプに陥り、そこから抜け出したときの5作目で披露されたリフには、その後のメタルのリフを先取りしたフレーズがみられるようになったが、基本的に70年代のしっかりとしたブリティッシュ・ロックのスタイルを踏襲している。

ギターリフといえば、70年代はリッチー・ブラックモアも多くの有名なリフを残しているし、彼自身ディープ・パープル後のレインボウや繰り返される再結成やソロでも、自身のリフを何度も採用していて、ディープ・パープル、レインボウと違うバンドとしてライヴを行っても、それぞれのボーカルがリフに合わせたメロディを歌いあげている。レインボウのアルバム『DIFFICULT TO CURE』の2曲目『Spotlight Kid』はパープルの90年代に再結成された時のアルバムの曲でも確か使われている。他にも初期のパープルで有名な『Highway Star』もレインボウでほぼ同じリフが使われている曲があり、多くのリフが様々な曲で引用されている。ライヴではパープルかレインボウかでボーカルが異なるため、パープルで使ったリフをレインボウで披露できないということが一般的にあるが、ブラックモアの場合そういうことにならないようになっている。同じリフでメロディとボーカルが異なるという違いだけの状態で、彼はどちらのボーカルでもかまわないといった感じで演奏しているように聴こえる。一方ボーカルは作詞を担うことが多いが、私の勝手な思い込みだが、ボーカルはブラックモアがあみだしたリフにメロディラインをつくる役目も担っていたのではないかと考える。レインボウもパープルのギランのボーカルとレインボウでのボーカル担当でやはり曲の出来が大きく差がでていることからもそう推測される。ブラックモアはパープルでギランとカヴァーデイルという優れたボーカルを得たが、その後のレインボウでボーカルに苦労したのではないだろうか。レインボウの2作目『Rising』はいわゆる名盤中の名盤だが、ボーカルはロニー・ジェイムス・デイオで、レインボウの歴代のボーカルのなかでは最もブラックモアの曲に合っていたように思われるし、楽曲としても『Stargazer』と『A Light In The Black』はLPレコードのB面を占める大作で、コージー・パウエルのドラムの迫力のうえにメンバーの力量が充分発揮された傑作となっている。しかしその後ボーカルも代わりアルバムとして物足りない印象を与えたが、80年代に入りアルバム『DIFFICULT TO CURE』が出て、ボーカルがジョー・リン・ターナーに代わった。彼のボーカルは80年代という新しい時代にふさわしい魅力を放ち、ブラックモアのギターも一段と引き立ったような印象を与えている。これはやはりボーカルであるターナーの力も大きいのではないかと考える。またブラックモアに関してはギターのリフのみでなく、パープルの『Burn』で披露されたジョン・ロードのソロのキーボード(オルガン)のモチーフは、その後レインボウでも繰り返し採用されているし、前述の『A Light In The Black』、あるいはパープル再結成の『Perfect Strangers』でもわかりやすいかたちでそれが展開されている。ギターソロでなくてもブラックモアを特徴づける代表的なフレーズとなっている。

ギターとボーカルの関係をさらに敷衍すると、これはメタルとは言い切れないが、マイケル・シェンカーが在籍するUFOとその後のM.S.Gの時とで、やはりメロディに大きな差がでている。ドイツ人であるマイケルが当時英語を話せなかったこともあってなのか、作曲とギターテクで自己表現を最大限発揮することに全精力を注ぐ一方で、その手助けとしてUFOではボーカルのフィル・モグの存在は欠かせない。彼もやはり歌詞とメロディに大きな影響を与えたことは十分推測できる。なぜならM.S.GではUFOとはその質にあきらかに大きな差があるように思われるからだ。フィル・モグはまだマイケルがスコーピオンズに在籍していた頃に、たびたび彼をライヴでレンタルしていて、その後マイケルの兄ルドルフ(スコーピオンズでギター担当)の承諾を得て若いマイケルを加入させたといわれている。加入後の1作目『Phenomenon』は、これもいわゆる名盤中の名盤で、ほとんどの曲でマイケルが作曲している。『Doctor Doctor』や『Rock Bottom』といったその後のマイケルにとって重要な曲もこのアルバムに収められていて、歌詞と曲の関係は切り離せないものとなっている。ファンならタイトルを聴いただけでメロディとモグの声、マイケルのリフとソロがすぐに頭の中に駆け巡るだろう。このアルバムは全編通してハードななかにもマイケル特有のメランコリックな旋律もあり、際立った明るさや派手さというもの、いわば遊び的で無駄な要素があまりなく、その点からも長く愛聴される理由ともなっているように思うのだが、その後のアルバムではギターのリフに明るさというものが垣間見えるようになる。それぞれのアルバムで1枚を通して聴くには何度も繰り返しという感じではなくなる。もちろん好みはあるが、それだけに『Phenomenon』への郷愁みたいなものが一層増すかたちとなる。しかしマイケル脱退2作前、アメリカを強く意識したといわれるアルバム『Lights Out』のタイトル曲は、やはりその後のマイケルの定番となるような力の注ぎようで、彼がつくったもののなかでも最もハードなプレイを披露している。やはりこのタイトルを聞けば、特にライヴ盤の『Strangers in the Night』での「lights out Chicago!」と叫ぶモグの声が聞こえるように、歌詞と曲が切り離せないし、この曲は特にモグのボーカルでなければならないとファンなら思うだろう。モグはマイケルの才能を開花させたというだけでも、一流のプロデューサーでもあるともいえる。

近年ホワイトスネイクの新譜が出たが、残念ながらそこには80年代の冴えはもうない。この新譜のみでなく、87年以降現在に至るまでのアルバムにも同じことがいえる。特に今世紀に入ってからでたアルバムでは全く曲の態をまるでなしていないように思われるし、ほぼギターの勢いのみが前面にでていて、ほとんどの曲が同じような印象を与えている。なかにはいい曲もあるが、アルドリッヂのギターはカヴァーデイルのボーカルには向いていないように思われる。87年のいわゆる『Serpens Albus』(正式には『Whitesnake』(アメリカ盤))は、これも名盤中の名盤で、イギリス本国はもとより世界中でいまだに聴き継がれている。これに大きく貢献したのが、ジョン・サイクスである。このアルバムでサイクスはほとんどの曲でギターと曲作りに参画している。2曲が過去の曲のリメイクだが、カヴァーデイル単独で作られた『Crying in the Rain』はサイクスの自身のライヴでも演奏しているほど、彼のギターが冴えている。つまりサイクスはこの曲の蘇生に自身が果たした役割をよく知っているからこそライヴでも最も盛り上がる曲の一つとなっている。その他の曲もサイクスのギターが全面に出ながらも、カヴァーデイルのボーカルはむしろ水を得た魚のように生き生きとしている。サイクスのバンドで彼が作った曲を聴いても、これもサイクスのボーカルではなくカヴァーデイルのそれだったらどんなにいいだろうと思ったものだが、そう思わせるほどカヴァーデイルにはサイクスが必要だし、サイクスにとっても、彼が自身のバンドでボーカルを担っても、やはり物足りないのが現実だ。双方にとって欠かせない存在だと思うのだが、このアルバム以降二人による曲、アルバムはない。そして現在に至るまでホワイトスネイクは、ヴァンデンヴァーグ以外よいギタリストに恵まれていないように思えるし、そのせいか曲においてもカヴァーデイルの魅力が活かされたものは出ていない印象がある。今回の新譜も例外ではない。

80年代から現在に至るまで、アルバムをコンスタントに出し続けているバンドにアイアン・メイデンがある。ヘヴィメタらしい音楽を作り続けているバンドだが、彼らの音楽の根底には70年代ロックがある。スティーヴ・ハリスはジェネシスやジェスロ・タルの影響を受けていると公言している。(ハリスがジェスロ・タルのアルバムのライナーノーツも手掛けているものもあるほど)。特に5作目の『Powerslave』以降、その影響をうかがわせるような長尺で変調の曲も多い。3作目までは加入したばかりのブルース・ディッキンソンの伸びのあるボーカルとシンプルなロックが魅力だったが、4作目の『Piece of Mind』(Peace of Mindではない)では、ニコ・マクブレインの新加入による高度なドラミングと、スタイルを確固としたスミスとマーレイによるツイン・ギター、そしてディッキンソンの高音のボーカル、なによりハリスだけではなくスミスやディッキンソンの手による曲も個性を放ち、安定した統一感に仕上がったアルバムとして、私は個人的に最もよく聴いたアルバムである。ボーカルであるディッキンソンはこのアルバムで『Revelations』やスミスとの共作の『Flight Of Icarus』でコンポーザーとしての才能も証明した。直近の新譜で『The book of souls』(2015)は、2枚組のスタジオ録音で、80年代で展開した世界観をますます進化させ、聴くものを裏切らない作品となっている。ここでもディッキンソンが書いた曲は色褪せていないどころかますます精彩を放っている。前述の曲『Revelations』のギターリフには、メタルではないウィッシュボーン・アッシュの70年代の名盤『Argus』のなかの『Warrior』のフレーズと同じモチーフが採用されている。メイデンのギターリフには、例えばマイケル・シェンカーに似たものもある。聴いたことのあるフレーズが違うバンドで聴かれるというのは決して悪いことではなく、むしろそれまで積み上げられたブリティッシュ・ロックの伝統を踏襲しているという安定感が伝わってくる。ディッキンソンが在籍した期間に発表されたアルバムを通して聴くと、それがよく伝わってくる。

一方、メタルではないが、自ら「ヌーヴォ・メタル」として90年代に自身のスタイルを名づけたバンドにキング・クリムゾンがある。

・・・続く