TEXT 「木」の硬軟

 この数十年で建築材料として無垢の木を使うことが次第に少なくなった。木造の構造材は、昔はその部位 ―例えば土台、柱、梁など- で使用する樹種が異なっていたが、いまは同じものを使っていることが多いだけでなく、本木ではあっても集成材が使われることが多いし、輸入材も増えているのが現状である。それはたとえ林業の盛んなまちでも例外ではない。
 いまここで書くことは、木の使われ方の推移についてではなく、建築ではあまり耳慣れないある樹種についてである。「白檀(びゃくだん)」という木がある。私が所有する木材辞典から引用すると、『樹名:ビャクダン 分類:ビャクダン科 ・・・硬さ状況:超硬質 腐食耐久性:良 原木は輸入禁止 白檀はインドの葬儀には欠かせない香木です。インドビャクダンは少し黄色を帯びた灰白色をしていて使いこむと黒ずんできます。インドネシアに入ると木も太くなり、木目が荒く黄色が強くなってきます。自生地の東端はティモール島です。日本では囲炉裏框に使い、茶室の炉には最高の框材とされます。仏像彫刻も有名。』などと記述されているように、硬さと香りが特徴である。木造の家なのに木の匂いがしないのは、いまでは普通であるが、和室をつくる機会があったときなどは何か懐かしい匂いがする。それは畳のい草からくるものがほとんどだが、床の間で本木を使うとその香りも加わる。例えば床柱として「紫檀(シタン)」などは最高級品だが、これも白檀の仲間である。黒檀や花梨などとともに「唐木」というくくりをされることもあり、美しい色や艶の特徴を活かした家具や楽器が作られる。仏像でも白檀が使われるが、それは香りとともに腐食耐久性が良いことからであることは明白である(硬質であるため、彫刻は難儀するらしい)。原産地がインド~インドネシアのアジアであるということから仏教国で仏像にこの木が使われることは納得できる。またアジア原産ということから、中国の古典と、そして現代文学の世界でもそれぞれ白檀について書かれたものをみとめることができる。

 ひとつは誰もが知っている『西遊記』、そしてもうひとつは莫言の『白檀の刑』である。
『西遊記』では、悟空と八戒の会話で白檀の硬さについて他の木と比較する形で記述されている。

「おぬしはガキの時分から山のなかで人を食っていたから、木材に二種類あることぐらいは知ってるだろ?」「知らねえな。どんな木材だ?」「ひとつは楊木(やなぎ)、ひとつは檀木(びゃくだん)だ。やなぎは、その性質はなはだ柔軟である。よって名匠がそれで聖像を彫り如来を刻む。それに金箔を貼ったり白く塗ったり、玉(ぎょく)を嵌(は)めたり模様を描いたりすれば、万人が香をたいて礼拝し、はかり知れぬ幸福を手に入れている。いっぽうびゃくだんは、その性質はなはだ剛硬である。よって製油所がそれで油しぼり用のくさびをつくる。そして鉄のたがでしめつけられたりするんだが、それもこれも、この木が剛強なるがゆえに、こんな苦しみを受けるのであるよ」「兄貴、いい話じゃないか。なんでもっと早く教えてくれなかったんだい?そうすりゃ、やつらにぶたれなくてすんだのにな」 (『西遊記』岩波文庫版より)

 以上は八戒が山からおりる際、二人の女の妖怪に会い、八戒が彼女らに「妖怪」と声をかけたことに女怪たちが怒り、八戒が頭を鉄秤棒で殴られたことを、悟空に話した時の二人の会話である。ここでは彫像についてはむしろ柳の方の記述であるが、人間性の硬軟を柳と白檀の硬さの比較でたとえているのがこの会話の眼目であることが興味深い。
 また現代文学では、やはり現代の中国の作家 莫言の『白檀の刑』という作品があるが、内容は「刑」ということから分かるように、処刑が中心として清朝末期の中国を舞台に書かれたものだ。刑そのものについては本書を読むと分かるのでここでは記述は避けるが、かなり残酷なものである。硬い木が使われる理由がここでは納得できると思う。直接刑とは関係ない箇所で、以下に白檀のことが書かれている文節を引用する。

『母屋に入ると、北京から運ばせた竜の彫り物のある金糸模様の白檀の太師(タイシー)椅子[肘掛けつきの直立型椅子]に端座している舅が、目を閉じて躰を休めているのが目に入りました。両手で白檀の数珠を握り、口ではぶつぶつ言っていますが、お経を唱えているのやら、誰ぞを罵ってござるのやら。』(莫言 『白檀の刑』 中央公論新社刊 吉田富夫訳より)

この一節では椅子や数珠に白檀が使われていることが書かれていて、中国では昔から馴染み深い木の材料だったのではないかと推測できる。
 いずれにしても木は建築だけではなく様々なものに使われる。木は生き物であり、硬軟だけでも人間性にたとえることもある。身近に本木が少なくなる中、改めて木の魅力をみつめてみたい。