TEXT プルーストの「その時」―2

    前回、『現実とは感覚と回想との関係のことであり、作家は文章のなかでこれらをつなぎ合わせるために見出すもの』として、『失われた時を求めて』から引用してプルーストの作家の在り方を取り上げた。作品を仕上げていく段階で、ある感覚についてプルースト独特の感性を表現した箇所がある。

『ときには作品の悲痛な断章がまだ下書きの状態にある段階で新たな愛情や苦痛が到来すると、それはその断章を仕上げ、豊かに膨らませる機会となる。このように役に立つ大きな悲嘆にかんしては、さほど不平を言わなくてもいい。そうした大きな悲嘆はかならずやって来るものであり、われわれをそれほど長く待たせることはないからである。とはいえ悲嘆はそう長つづきしないから、その悲嘆を大急ぎで利用しなければならない。人の心はすぐに慰められるものであるからだ。逆にその苦痛が慰められないほどに強いときは、心臓が充分に強靭でない人は死んでしまうからだ。というのも肉体にとって健康にいいのは、幸福だけだからである。しかし精神の力を強化してくれるのは悲嘆である。そもそも悲嘆は、そのたびにある法則を発見させてはくれなくとも、そのたびに習慣や懐疑や軽薄や無関心という雑草をひき抜いてわれわれを真実へとひき戻し、ものごとを真剣に考えるよう強いるから、やはり必要不可欠なものなのだ』。(第13巻 岩波文庫 吉川一義訳)

「どうせ悲しいことは起こるのだから、もとより幸福など求めない」というような類のいわばシニックで悲観的な思考ではなく、『悲嘆はかならずやって来る』ものであり、作品、すなわち仕事や実生活においてそれを利用しなければならない、しかも『悲嘆は長つづきしない』し『すぐに慰められてしまうから』として、「悲嘆」というものを現実の必然的事象として受け止める。それはプルースト自身が人生経験のなかで体得し、さらに過去の様々な現象から分析し、思考したいわば「科学」であり、それを作家としていかに活かすのかということを思考したリアリストとしての顔が最も表出した一節ではないかと思う。この膨大なテキストを仕上げていく段階で、様々な悲しいことに遭遇するたびに執筆を中断したり止めてしまっては、それは少なくとも職業としての作家としては不適格であり、逆にその悲しみを作品の質に転化させてこそ、しかもすぐにそれを行ってこそ作家なのであり、プルーストはそれをこの小説で証明してみせたということになる。 このように悲しみに目を背けず、それを積極的に受け入れるということを、小説のなかで明確に書かれた小説を他に挙げると、例えばドストエフスキーの『罪と罰』やフォークナーの『野生の棕櫚』があげられる。ラスコーリニコフはこれから起こりうる悲しみを受け入れ、自首し、シベリアへ流刑される。しかしそこでは大きな病気をして、受け入れた罰以上の悲しみを負うことになる可能性から身体的に回復し、精神的にはソーニャと和解し、そして自我とも和解することになる。『野生の棕櫚』においては、ウィルボーンが「悲しみと無のあいだにあって、悲しみを選ぶ」とし、逃げることも自死することも拒み罪を償う。いずれも物語としては悲惨で暗いものだが、ドストエフスキーもフォークナーも主人公の行動や言葉を通して、物語の結論として悲しみを積極的に受け入れることを描いているため、物語の悲惨さや暗さというものがその結論のための経過であるという認識に至らしめる。そして読む者を励ます力強さを獲得する。『失われた時を求めて』の『精神の力を強化してくれるのは悲嘆である』という言葉は、ドストエフスキーやフォークナーと同じように、力強い言葉として我々に訴えかける。

昨年の地震の後のテキストで、フォークナーの日本の若者への言葉を引用した。『人間は強靭であり、何ものも本当に何ものも、戦争の悲しみも、失望も絶望も、何ものも人間が生き続けるほど長くは続かないだろう。・・・すがるべき杖を探すための努力ではなく、希望と人間の強靭さと忍耐力を信じることによって自分の足で真っ直ぐに立つ努力をするならば、人間はあらゆる苦悩を乗り越えられるだろう』。私たちが経験した悲しみは、個人差はあれ、やがて薄れて、そしてまたあらたな悲しみや困難に遭遇する。しかしそれら悲しみは長く続かないが、だからといってそれら悲しみをなかったこととするのではなく、そのときそのときその悲しみをしっかりと受け入れることで精神の力を強化していくという気持ちを持つことができれば、『失われた時を求めて』は人生のなかで大事な出会いといっても言い過ぎではないだろう。